ぎゅっと気持ちを入れ直す。立ち止まれない。ここからは時間勝負。

手早く化粧直しをして涙の跡を隠し、バッグを掴んで執務室を出る。鍵をかけ、フロアの川原専務のデスクに寄ると『知り合いとちょっと出てきます』とだけ伝えた。

やっぱり不思議そうな表情をされたけど、黙って『詮索は無用』の笑顔を浮かべ押し通す。“宮子お嬢”の立場を利用するのはこれきりにするから許してね、仁兄。

商談室に戻り、待ってた千也さんを早口で促す。

「一時間だけGPSを切ります。多分もう真がこっちに向かってるハズだから急いでください」

「ありがとネ、ミヤコちゃん」

手にしてたスマホを上着の内ポケットに仕舞いながらやんわり笑った彼は、紳士的にエスコートして、近くのコインパーキングに駐車してあった白のドイツ車にあたしを乗せた。

動じた様子もなく丁寧な運転でクルマを走らせる千也さん。あたしは視線をウィンドゥの外に向け、でも意識は別のところに飛んでた。頭の中には真のことしかなかった。

きっと裏切られた気持ちで臨界点は突破してると思う。殴られても文句言えない。あたしを守るために生きてきた男の手を振り払ったんだから・・・っ。

刺さったままの千本の矢がさらに心臓を抉る。どこもかしこも、イタイ、クルシイ、ヌイテ、タスケテ。・・・あたしのじゃない、ぜんぶ真の悲鳴。堪える掌に爪が食い込む。

「そんなに強く噛んだら切れちゃうよ・・・唇」

不意の声に、ぎこちない動きで首を回す。まるでからくり人形になったみたいに擦れた音までした気がした。

大きな交差点の信号待ち。千也さんが眉を下げて申し訳なさそうに笑む。

「ミヤコちゃんを追いかけてきてくれる大事なヒトに、心配かけたらツライよねぇ」