すると千也さんは頬杖を解き、「そうだねぇ・・・」とゆっくり上体を正した。

「カワイイ奥さんと子供が待ってるし、間違っても死ねないんだけどね。でも晶さんはオレの一生大事な恩人だから。・・・そーいう時が来ても逃げないって決めてるよ?」

淡い微笑みを浮かべ、愛おしそうに左の薬指にはまった指輪に口付ける仕草。
ここで笑える男は何があっても自分を貫き通す。・・・知ってる誰かに似てる。そう思った。

「このまま帰ってくれるなら、何もなかったことにします」

もう一度、たたみかける。

「あたしも騒ぎたくないんです。シノブさんの立場が悪くなるのはイヤだから・・・!」

「晶さんも同じって思わないかナ」

視線が交差した。
無言の駆け引き。

数秒だったか、もっと長かったのか。二人がいるここだけが真空になったみたいに空気も音も止んで。やがて。


吐息が漏れて、沈黙が破けた。


「・・・・・・・・・連れてってください、高津さんのところに」