そんな多香子が結婚してから少しして屋上にいたことがあった。

いつも笑顔の彼女が大粒の涙を一人流していたのは少しずつ夏の気配を感じる頃。

慶輔のがんが全身に転移して、余命が1カ月と告げられた日だった。

どんなにつらい治療で慶輔が苦しむときも笑顔だった多香子。

体調が思わしくなくて苛立ち多香子に慶輔がつらく当たっても笑顔を絶やさなかった。


そんな多香子が見せる涙に渉は何も言えなかった。何も言えずただ昔のように抱きしめた。

その胸の中でひたすら泣いた後に再び笑顔になり、慶輔のところへ戻る多香子の後ろ姿が忘れられない。

間もなくして、慶輔と多香子は渉に胚移植をお願いしてきたのだった。