すると嬉しそうな顔をする氷野。
わかりやすい反応である。
それほど俺を好きでいてくれてるのか。
あまりにも純粋でまっすぐな想いをぶつけられ、戸惑いはあるが正直心地いい。
一途な好意に対し、嫌な気持ちになるはずがない。
氷野は俺の指と絡めてきて、恋人繋ぎをしてくる始末。
そんな彼女は口元を綻ばせていたのだから、振り払おうにも振り払えない。
が、少し経ったところで我に返ったのか、ハッとして突然手を離してきた。
さらには顔を真っ赤にしている。
無意識のうちに恋人繋ぎをしたというのか。
両手で顔を隠して恥ずかしそうにする氷野の姿を見て、正直かなり心臓にキテいる。
なんだこのピュアな生物は。
この世の生き物で最も純粋な人間なのではないかと錯覚してしまうほどだ。
「……高嶋」
「ん?」
「わ、忘れて…今の、その…恥ずかしくて」
隠す手から少し顔を覗かせ、懇願する氷野の目は涙目で。
一瞬、ほぼ無意識のうちに彼女に手を伸ばしかけた。
その途中でハッと我に返り、その手を引っ込める。
結構…いや、本気でこいつは危ない。
男の理性を吹き飛ばすのが特技なのかレベルである。
「ああ、別に気にしてねぇから」
なんて言いつつも窓の外に視線を向けた。
日に日に見えてくる氷野の素顔に、心が揺れ動いているのが自分でもわかる。
ただ中途半端な気持ちで氷野に触れることはできないと思い直し、彼女を受け入れようと思う気持ちを自分の中でかき消していた。
「打ち上げ?」
「まあ打ち上げというより一学期お疲れ様会だな!」
今日は一学期の終業式。
明日からは夏休みに突入する。
そのため学校が終わるなりクラスのみんなで打ち上げしようと良晴が提案したのだ。
「焼肉とかどーよ!」
「いきなりこんな大人数、いけるのか?」
予約しているのならまだしも、当日となれば難しいだろう。
そう思っていると良晴が嬉しそうに笑った。
「大丈夫、友達が焼肉屋でバイトしてて連絡済み。
平日だしいけるって」
「仕事早いな…」
そこまで言われたら行くしかない。
別にバイトもなく予定も入っていないからいいのだが。
「じゃあ決まりだな!
おい今日焼肉行こうぜ!」
「えっ、行きたい!」
「さすが良晴だな!」
良晴のひと言であっという間に参加者が増えていく。
そんな中、突然黒河が俺に近づいてきたかと思えば───
「ねぇ高嶋」
「どうした?」
「氷野ちゃん、誘ってきてあげて」
「……は?」
氷野の名前を出すものだから、一瞬で静かになる教室。
いくら氷野の印象が変わってきたとはいえ、ここ数週間だけではうまくいかないようだ。
その空気感が氷野にも伝わったのか、突然彼女は立ち上がり教室を後にしてしまう。
「待って高嶋、早く行きなよ。
じゃないと許さないから」
「彩乃、どうして氷野さん誘いたがってるの?」
「ほんとほんと、お互い気まずいだけじゃない?」
そんな黒河の話を近くで聞いていたふたりの女子が彼女に話しかける。
「全然気まずくないよ!
あの子の純粋さ知ったら本当、びっくりするから!
本気で悶えるから!てことで高嶋、行ってこい!」
黒河は真っ向からそれを否定し、俺に行けと命じてくる。
が、今の黒河の言葉を聞いて悪い気分にはならなかったため、大人しく従うことにした。
教室を出た後、少し歩けば氷野の後ろ姿が見えた。
「氷野」
特に叫ぶこともなく、大きめの声で名前を呼べば華奢な足の動きが止まる。
「何帰ろうとしてんだよ」
なんて言いつつも。
本当は気を遣ってのことだろうということはわかっている。
「…別に、いつも通りだけど」
「嘘つけ。本当は行きたいんだろ」
「……っ」
無表情、抑揚のない声。
その様子から感情は読めないものだと思っていたが。
振り返った氷野の表情があまりにもわかりやすかったため、思わず彼女の本音を言い当ててしまったのだ。
「行かねぇの?」
「……行ったところで気まずくなる」
「黒河は氷野も一緒がいいみたいだぞ」
「……黒河さんは優しい人だから」
こういう時だけなぜネガティブなのだろうか。
「ふーん、じゃあ行かねぇのな。
俺は行くけど」
「うっ…」
「知らねぇぞ?
今日来た女子に俺が惚れても」
「そ、れは…っ」
思った以上に好感触。
氷野の反応を見ているとなんだか楽しくなって、つい頬が緩むのがわかった。
「あーあ、氷野来てくれたら黒河だけじゃなく俺も結構嬉しかったかも…」
「…行くっ!」
少し悔しそうな表情をしながらも。
頬を赤らめている氷野が心底かわいいと思った。
「じゃ、決まりな。
戻るぞ」
「……ま、待って…」
「ん?」
「打ち上げの時…高嶋のそばにいてもいい?」
不安と恥ずかしさが混ざったような言い方。
だが打ち上げに来たら黒河が女子の輪に連れて行きそうな気もする。
まあそれを言っても簡単に信じられないだろうと思い、氷野に笑いかけて彼女の頭に手を置いた。
少しでも落ち着かせようという意思を込めて。
「ああ、好きな時に来ればいい」
内心穏やかな気持ちでそう言ったのだが、さらに頬を真っ赤にする氷野を見てハッと我に返った。
何してんだ、俺。
いや普通に今のはアウトだろ。
前から考えてた嫌われる作戦はどこに行った。
「あ…う、ありがとう…絶対行く」
視線を外し、見るからに恥ずかしそうな表情の氷野。
目も潤んでおり、頬は赤い。
顔に出やすい今の氷野を見ていると、すべてがどうでもいいと思えるような感覚に陥った。
そして気づけば熱を帯びる彼女の頬に手を添えていた。
「……すげぇ熱い」
「…っ、高嶋…」
わかりやすい女。
恥ずかしそうに目をぎゅっと閉じた氷野に大きく心が傾くのがわかった。
このまま奪ってやろうか。
なんて思う中で、ここが学校であるという事実だけが俺の理性を保っていた。
本当に目の前の彼女は───
「…かわいいやつ」
「……っ!?」
そう思わずにはいられない。
ギリギリを保つ理性の中で教室に戻る選択を取った俺。
先を歩けばのそのそと後ろをついてくる氷野の姿があった。
その頬はまだ赤く染まり、落ち着かせようと手で顔を仰いでいる。
もしここでまた触れようものなら、きっと彼女は今以上に恥ずかしがることだろう。
まあそんなことはしないが。
してみたいと思う気持ちはかき消すことにする。