「明日、車で迎えに来ます。」

『えっ?』

「病院、行きましょう・・・足、診て貰わなきゃ。」


どこか気遅れ気味なあたしに
明日の約束を口にする彼

嬉しいはずの約束なのに
その空気についていけてないあたし


『大丈夫、自分で行けるから。それにテニス部練習あるでしょ?』

「ええ、まあ。でも・・・」

『テニス部のみんな、八嶋クンのこと、待ってるから。』


元々、勘がいいと思ってた彼
あたしの気後れ気味な空気を読んだのだろうか?

心配そうにあたしを見ながら苦笑いをした八嶋クンは
“明日、電話します。心配だから。”
と言いながら立ち上がった。



こういう時、入江先生へのスキという想いを憧れという言葉に置き換えて
他の男と恋愛ゴッコをしていた頃のあたしならきっとしていただろう
帰ろうとする彼の上着の裾をきゅっと掴んで
“帰らないで”という決め台詞を投げかけることを

でもあたしの右手は
彼のジャケットの裾を追おうとはしなかった

優しくて気が利いて、それでもって頭の回転も速い
おまけにイケメンと周囲の人間に評される外見
何も文句の付け所のない
強いて言えば
年下の男であるくらいの八嶋クンなのに

あたしはなんで
彼に恋しようというもう一歩を
踏み出すことができないんだろう?

あたしはなんで
こんなにも客観的に
彼とのやり取りをする自分を見ているんだろう?


『わかった。送ってくれてありがと。』

「それじゃ、おやすみなさい。」

『・・・・おやすみ。』


あたしに向かって小さく会釈してから八嶋クンは玄関のほうへ向かい、もう一度微笑んでから静かにドアを閉めた