天満には妻が居る――

だが屋敷内にその姿もなければ、誰も妻の話題を口にしない。

あれから雛乃の頭の中はそのことばかりで、けれど誰にも尋ねることができずに悶々としていた。


「雛乃さん、ねえ雛乃さん、聞いてる?」


「あっ、えっ?す、すみません…」


芙蓉と柚葉と朧の茶会に招かれた雛乃が上の空になってしまって慌てていると、芙蓉は柚葉と顔を見合わせて、意地悪げににたりと笑った。


「もしかして…頭の中は天満さんでいっぱいとか?」


「!?ななななな、なんでそんなこと…!」


「だって天満さん、麗しいもの。朔たちの前では無邪気になるし、でも戦闘においては凛々しくて…。私だったら天満さんが終始傍に居たら好きになっちゃうもの」


「芙蓉ちゃん、それ主さまの前で絶対に言わないでね…」


天満を好いている女が多いことも理解していた。

けれど本人は目も合わせずほとんど会話もしない。

会話をしてくれるのは彼女たちか、暁か、自分かといったところだ。

そんな奥ゆかしい天満に本当に妻がいるのか――?

とうとう我慢できなくなった雛乃は、きょろりと辺りを見回した後、ずいっと芙蓉たちに近付いて座り直した。


「あの…天様は…その…奥方がいらっしゃるのでは?」


とても言いにくそうに打ち明けた雛乃に対して、芙蓉と柚葉は口を濁してやや表情を曇らせた。


「まあ正確に言えば…‟居た”ということ位しか私たちには言えないわ」


「居た?それはその…離縁なさったという?」


「離縁ではないのよ。死別なの」


「え…」


――ああそれで、と合点がいった。

天満の美貌にいつもやや翳りがあるのはそういうことか、と理解できた。

理解できたと同時に――

胸が焼けるように痛くなって、両手で押さえて俯いた。