数分のうちに、全身から汗が噴き出ていた。

毎夜行われる百鬼夜行に天満も時々帯同することがあるが、敵とは天地ほどの実力差があるため汗ひとつかかないことが多い。

だが妖の頂点に立つ朔の前では一瞬でも気を抜くと命を取られてしまうという危機感が強く、頬にかすり傷もできていた。

だが救われるのは、朔も汗に濡れているということ。

兄弟の中で誰よりも素早さに自信があり、また二振りの刀を自在に操る自分の前にはさすがの朔も余裕がないということに笑みが漏れた。


「何を笑っているんだお前は」


「いやあ、こんな緊張感久しぶりだなと思って。僕も朔兄にかすり傷ひとつ位はつけたいな」


「それは当主たる俺の沽券に関わる。弟と言えど油断はしない」


今や立ち尽くしたまま天満の横顔に見惚れている雛乃を視界に入れることすらできなかったが、輝夜たちはそんな雛乃を見ていた。

もうすでに天満が心の中に入ってきていること――その表情からすぐに分かった。


「天ちゃん!血がいっぱい出てるよ!」


天叢雲に斬られると血は簡単に止まらない。

それは妙法と揚羽においても言えることだが、左頬の傷からは絶え間なく出血が続いていた。


「や、やめて下さい!やめて…やめて下さい…」


雛乃が振り絞るように声を上げると、天満よりやや余裕のあった朔がその声を聞いて腕をだらりと下ろした。

そこでようやく構えを解いた天満は、心からほっとしている雛乃を見て刀身を鞘に収めた。


「手当てをしないと…手当てを…」


「でも雛、お前…」


男に触れることすらできないじゃないか、と言いかけたぽんは、無造作に袖で血を拭っている天満に駆け寄って傷口に手拭いを押し当てた雛乃の行動に驚きを隠せなかった。

例え手拭いを介してであっても、雛乃はこうして男に触れたことはない。

何かが違う――

それはとても喜ばしく、優しい手応えだった。