雛乃に一言伝えてから出ようとは思ったが、あんなにぐっすり寝ているのだから起こすのは忍びない――そんな理由から、天満は伊能とふたり幽玄町を出た。

牛車を使えばいいのに、と提案してみたものの、それは丁寧に辞退されて徒歩で向かうこととなり、幽玄橋に差し掛かった時、番をしている赤鬼と青鬼が大きな体躯を屈めて脇へ避けた。


「おお天様と伊能殿か。平安町へ行かれるので?」


「うん。いつも番をありがとうね、後で酒でも届けさせるよ」


「おおそれは有難い。おふたりともお気をつけて」


二匹に挨拶をしてゆっくりとした足取りで繁華街の最奥にある朝廷へと向かう最中、天満は一言も発さず黙々と歩いている伊能のつむじを見ていた。

背は自分よりかなり小さいが、きりりとした美人でいかにも仕事ができそうな出で立ちをしている。

総領となるからにはもちろん統率力が必要なわけで、隙を見せることを厭う傾向にあり、幼い頃から血の滲むような努力をしてきたはずだ。


「…あの」


「え?なに?」


「先程から視線を感じますが…」


「ああごめん、伊能…えーと、名は(つむぎ)だったね」


ぴたりと足を止めた伊能――紬は、天満を見上げて訝し気な視線を送った。


「はい」


「一人っ子だったよね?年頃の娘さんなわけだけど、婿を取る予定だったっけ?」


「…はい。私しか継ぐ者が居りませんので」


「まだ候補が居なかったよね。朔兄がよければ手伝うって言ってたよ」


…沈黙が続いた。

沈黙しつつ、今度は紬から穴が空くほど見つめられた天満は、瞳の中に不安や戸惑いの色が揺れているのを見ると、ぽんぽんと頭を小さく叩いて撫でた。


「伊能とうちは切っても切れない仲だからね。君に意中の相手が居ないのなら任せてほしい。もし居るのなら連れて来てね、僕らがどんな奴かじっくり見定めてあげるから」


もはや妹のような存在なのだから、それ位はさせてもらう。

――天満のその言葉に――紬はどこかが痛んだように小さく顔を歪めた。

だが、俯いた紬の表情は背の高い天満から隠れていて、気付かなかった。


「ありがとうございます」


「うん。じゃあ行こうか」


繁華街へと入る。

そこは活気に溢れ、人の熱気で溢れ返っていた。