その日の夕暮れ前――天満は朔に呼び出されて自室に連れ込まれていた。

ここには雪男もおいそれと入ることはできない。

完全なる朔…朔と妻の芙蓉の私的な空間であるため、もぞりと居心地悪そうに身じろぎした天満は、朔からこう切り出された。


「雛乃はお前と話すつもりはないそうだ」


「ああ…そうですか、やっぱり。…そうですよね、分かってました」


「お前はそれでもいいのか?」


「無理強いすることはできません。僕は…僕は雛菊と雛乃を分けて考えたことはありません。だけど彼女がそう感じてしまうような態度を知らず知らずのうちに取ってしまっていたのかも」


百鬼夜行前だというのに、天満の前にどんと酒瓶を置いた朔は、天満の手に無理矢理盃を持たせ、自ら手酌して呷った。


「俺たちも同じ思いだが、どうやら雛乃の心中は複雑で拗れているようだった。頑なになっていて柔軟に考えることができないようだった。あれではお前を受け入れることはできないだろう」


黙って盃を呷った天満は、度の強すぎる酒にじわりと額に沸いた汗を手の甲で拭って小さくため息をついた。

さらに酒を継ぎ足した朔は、ちらりと天満の様子を見つつ問うた。


「悪夢の頻度はどうだ」


「…毎日のように見ています。だけど大丈夫ですよ、暁が傍に居てくれますから」


「あれを始終お前の傍に侍らせるわけにはいかない。…俺が思うに、お前たちはちゃんと話し合うべきだ。結果がどうなったとしても」


「もしその話し合いをしなかったら?」


「やっぱり雛乃はこの屋敷から出す。ああ、そういえばその話を雛乃にしたんだが、期限を設けるのを忘れていたな」


とぼけて肩を竦めた朔の様子に、それは忘れていたのではなくわざとであることが分かった。

この兄は、日々多忙であるというのに、いつも自分のことを考えてくれる。

それはとても頼もしく、有難く――天満は深く頭を下げた。