この家の檜風呂は、とにかく大きい。

結構な人数が手足を広げて寛げるほど大きく、中に入ると檜風呂に入っている天満の後ろ姿があった。

…思った以上に肩幅は広く、線は細いなりにも骨格はしっかりしていて、その隅々まで瞬時に観察してしまった自分のはしたなさを叱咤しながらもごもごと声をかけた。


「頑張ってお手伝いいたします…」


「中に入ったら?気持ちいいよ」


「いえ、私はお手伝いだけで…」


「それだと僕があんまり寛げないから一緒に入ってくれた方がいいんだけど」


…そう言われると断れず、肩越しに振り返った天満の頬から首筋に水が滴り落ちるのが見えて、思わずごくりと喉が鳴った。


「?雛ちゃん?」


「!い、いえなんでも!じゃあ失礼します!」


勢いに任せて桶で湯を掬って肩からかけた後、天満から少し離れた所に入って正座した。

天満はそれを横目で見てふふっと笑い、乳白色の湯を両手で掬って見せた。


「本来は透明なお湯なんだけど、雛ちゃんが嫌がるかなと思って濁らせておいたよ」


「それは気を利かせてしまって申し訳ないです…」


想いが通じ合っているとはいえ、恋人らしいことはまだ何ひとつしていない。

天満は嫁が居た経験はあれど、自分は全くなにひとる経験がなく、しかも芙蓉たちから余計な入れ知恵をされてあれこれ知ったばかり。

それをいざ自分が体験するかもしれないとなると、否応なしに緊張してしまう。


「ここのお風呂、気持ちいいでしょ。前に住んでた鬼陸奥のお風呂の方が本当は気持ちいいんだけどね、温泉だったから」


「鬼陸奥…ここからは結構離れてますね」


「今度連れて行ってあげるよ。寒いけど、そういう時は炬燵に入って蜜柑を食べたりしてると、自然とゆっくりした時が流れて心地いいんだ」


――炬燵に蜜柑。

今まで何度も走馬灯のようにその光景を見てきた。

これは自分の願望なのかと思っていたが――


「私も何度か夢に見たことがあります」


何の気なしに、そう言った。

だが天満の顔色が明らかに変わり――雛乃は凍り付いたように天満と見つめ合った。