誰の目から見ても、吉祥は気が触れているように見えた。

目の焦点は合わず、終始呪いのようなものを呟き、身体は右に左に揺れている。

これはどうしたものかと斗南が絶句する中、ゆらりと顔を上げてこちらを見た吉祥が――一瞬目を輝かせた。


「雛ちゃん、僕の背中に隠れてて」


「は、はい…っ」


吉祥が射抜くように見つめた視線の先には、雛乃が居た。

警戒した天満が雛乃を隠すと、吉祥はすぐにまた目の焦点が合わなくなったものの、完全に気が触れているわけではないのだと確信した。


「どうやって連れ帰るつもりだ?」


「…まさか息子がこのような状態だと知らなかったもので、どうしたらいいものかと」


「だろうな。だから晴明の式神を貸してやる。表の玄関に牛車が止まってるから、それに乗せて連れ帰れ。いいか、二度とこの地を踏ませるな。次は無いぞ」


雪男の低く強めの脅しにかくかくと頷いた斗南は、ひとまず家の消滅は免れたものの、壊れた息子と委縮しっぱなしの爺を連れて屋敷を出た。


「吉祥、お前一体何があったんだ?」


「……雛…雛乃……」


雛乃に異常な執着を見せる吉祥の狂気に光った目を見た斗南は、その肩を揺さぶって恫喝した。


「あのような小娘に惑わされたお前が悪いのだぞ!そんな様では誰にの目にも触れさせることはできん!」


「………乃…」


雪男から何があったのか端的に聞いていたものの、こんな猛者しか居ない巣に単身乗り込んだ吉祥を褒めてやりたいし、また恨みたくもなる。

しかも鬼頭家の三男を負傷させ、寝込ませたのだ。

家の消滅すら頭をよぎったが――次は、絶対にない。


「正気に戻るまではお前を軟禁する。いいな」


もちろん、返事はなかった。