斗南が案内された部屋の前に立った時、天満が雛乃を伴ってやって来た。

顔を上げない雛乃の委縮ぶりは相変わらずだったが…どこか――どこか違和感を覚えて声をかけた。


「雛乃か。主さまから狐狸に貸した借金を全額お返し頂いた。…感謝するように」


「………はい…」


その時、天満が雛乃の肩に手を置いた。

男に手を伸ばされるだけで卒倒しそうな勢いだったのに、その変化は絶大だった。

顔を上げて天満を見つめるその目――それはまさしく恋をする女の目であり、小さく息をついた斗南は、襖に手をかけた。


「開けてもいいのだろうか」


「ちょっと待て、結界が張ってあるから」


「私が解除しましょう」


いつからそこに居たのか――若干殺気立ちながら振り返った斗南は、先程朔と対面した時一言も発さなかった輝夜が居たことに得も言われぬ恐怖に眼球を震わせた。

一見男なのか女なのか分からないほどに優美なその美貌にはやはり怒りの色はなかったが、そのやや切れ長の目には深く深い深淵が広がっていた。


「ほ…鬼灯様…」


「ここで軟禁してから誰もここには入っていません。ご当主に御しきれるかどうか」


「あれは私の息子。必ず何とか致しまする」


「そうだといいですが。私とそこに居る弟は、兄の手を煩わせるのならば父と同じように冷酷無慈悲になれます。いくらでも。それをお忘れなく」


言葉もなく頭を下げた斗南は、輝夜が結界を解いて襖を開けて目に飛び込んで来た息子の様子にまたもや絶句した。


――癇癪持ちですぐ暴れる息子…吉祥は、部屋の隅で膝を抱えてぶつぶつ何か呟いていた。

顔面蒼白で、遠野を飛び出た時とは見る影もない。

精神をやられたのか、大きく見開いた目には狂気の色が浮かんでいた。


「吉祥……?」


返事はない。

その口からは呟きが止まらず、斗南は立ち尽くした。