「どうしたの?」
少し下を俯いている僕の顔を彼女は下から覗き込むようにして見つめている。
ち、近い。
彼女の顔がすぐそこまで迫っている。
ちらっと見た彼女の黒い瞳には僕の顔が映っていた。
「な、なんでもないよ」
「そうぉ? でも君、顔少し赤いよ」
屈託のないその笑顔がまた僕の鼓動を高鳴らせた。
きょとんと首をかしげるその姿がまた可愛い。
「かわいいね」
小さな声で思わず声に出してしまった。顔が物凄く熱くなった。
「なにか言った?」
「ううんなんでもない」
聞こえていなかったようだ。助かった……。
しかし、どう見ても僕と同級とは思えないよ。
少し天然っぽいところもあるのかなぁ。
どう見たって高校生くらいにしか見えないよ。まいったなぁ、どうしてこんなに気になるんだろこの人の事。
「あははは」
動揺している、何考えているんだ!
「あのぉ、さっきから変ですよ」
「え、そうですか?」
「うん、変。顔もまた赤くなってるし」
「あれ、変だなぁ……」
「うん、変」
くすっと彼女は笑う。
「ねぇ、よかったらその小説。私にも読ませてくれる?」
「え!、読んでくれるの」
「よかったらなんだけど、だめなら無理にとは言わないわよ」
「だ、だめなもんか。ぜひ読んで感想聞かせてください……お願いします」
「感想ねぇ。私の感想なんか、そんなに参考にするほどのものじゃないと思うけど。それでもいい?」
「そんなことないよ。初めてなんだ、こうして読んでみたいって言われたの」
「フーン、そっかぁ。それじゃ私が初めての読者なのかなぁ」
「かもしれない……」
「こりゃ、責任重大! じっくりと読ませてもらおっかな」
「はい、よろしくお願いします」
束ねた原稿をクリップで止めなおし、手渡した。
その時また僕らの間を吹き抜けた。
彼女の麦わら帽子が風に乗った。
彼女のさらさらとした長い黒い髪が風にたなびいた。
その時、あの。あの懐かしい胸の高鳴りが僕の中で鳴り響いていた。
美野里と一緒にいた頃の。
懐かしく、とても暖かくきらきらと光る、美野里の姿が彼女の姿と重なりあった。
彼女は地面に落ちた麦わら帽子を拾い。
「私、今村沙織。常磐大教養学部の3年、あなたは?」
常磐大?
「今なんて言ったの?」
「だから、私の名前は今村沙織。常磐大の教養学部3年って言ったの」
「嘘だろ!」
こんな偶然があっていいのかよ。
「僕も常磐大の3年なんだ。文学部だけど」
「え―、そうなんだ偶然。同じ大学だったなんて。もしかしたら構内のどこかで出会っていたのかもしれないわね」
「かもしれないね。意外と世間って狭いんだなぁ。その原稿、コピーしたのだから差し上げます。僕は……」
「亜崎達哉さん? 原稿に書いているこの名前ってペンネームなの」
「本名です」
「そっかぁ、亜崎さん? んーどっかで見覚えがあるような、無いような。まっいっかぁ。それじゃこの原稿頂いておきますね」
原稿をバックにしまいスマホを取り出して
「はい、お互い登録しましょ」
SNSの登録画面を開いて僕の方にスマホを向けた。
「いいの?」
この「いいの」っていうのに、決して下心たるものは……その時はなかった言えば嘘になるんだろうな。
いきなりだったからちょっと焦ったけど「感想これで送った方がいいでしょ」彼女のその一言で救われた気になった。
そうこれは、あくまでも感想を送ってもらうための登録。
これからどうこうしようというものでもない。
今村沙織
彼女の名が、僕のスマホに登録された。
「それじゃ、私もう行くね。遅くなるとお母さんうるさいから」
「あ、すみません。長々と引き留めちゃって。ありがとうございました」
「うん、それじゃ、またあとでね。あ―ぁ、日に焼けちゃったかなぁ」
彼女の細く白い腕が少し赤らんでいた。
その夜。スマホのSNSに1件の着信応答があった。
「今村沙織」
彼女からだ。開く指先が何故だか小刻みに震えている。
何を緊張しているんだろう。
押すに押せないジレンマが僕を苛立させた。
恐る恐るスマホの画面に触れた。
彼女からのメッセージが表示される。
そのメッセージは……。
こんばんは。
小説まだ読んでいませんけど、亜崎さんて文芸部のサイトに小説載せていますよね。
お名前訊いたときどこかで覚えがあるような気がしてたんです。
実は私ずっと亜崎さんの作品読んでいたんですよ。
今日頂いた小説、サイトには載せていないようですね。楽しみいしています。
そうそう、お約束の感想は必ずお送りしますので。
それでは……。
亜崎先生。なんちゃって
「あ、亜崎先生!」
先生なんて、その先生という響きが、彼女から直接聞こえてきているようなそんな感じが僕の心を舞い上がらせた。
いやぁーそれほどでもないのに。いやや、それほどでもある。
自分でもわけの分らない言葉を口にしていた。
彼女は、今村沙織さんは、あの小説を読んでどんな感想を送ってくれるんだろう。
期待は膨らむ。
しかし、彼女からの連絡はそれ以来来なかった。
2日が過ぎ3日目の朝になっても彼女からのメッセージは来ていない。
大学では変にうわさされるのも嫌だし、今村さんを探そうなんて言う行動はあえてしなかった。
彼女にあの小説を手渡してから、すでに1週間が過ぎていた。
いい加減もう読んでくれてもいいくらいだと思うんだけど。
そ、それともただの冷やかし?
感想送るって言っていたのに。僕の作品文芸部のサイトで読んでいるって言っていたのに!
も、もしかして感想なんて出来ない程、気に入らなかったのか?
そんなレベルじゃないていうことなのかよ。
こういう時の妄想は泉の様に湧き出てくる。これくらい小説に対するアイディアが湧き出てくれれば苦労はしないかもしれない。しかし、どうしてこんなにも彼女からの返事を気にしているんだ。
本当は半分くらい始めっから期待していなかったんだろ。
「なぁ、達哉さんよ」
やっぱりどこかおかしい。自分がどこかおかしくなっている。
正直この1週間、今村さんのことを考えなかった日はなかった。
多分自分の中でも、もういっぱいいっぱいだったのかもしれない。学内では彼女、今村さんのことを探そうなんて言う行動は控えようと思っていたのに。気が付けば講義を僕はサポタージュ、つまりはサボった。
まぁ、あの講義は出席よりもレポート重視だから……。勝手に自分に言い聞かせながら体はすでに教養学部のエリアに向かっていた。
しかしまぁ何だろう。この行動で僕は、自分の行動範囲の狭さを思い知った。
3年も通っているこの大学の構内で教養学部が文学とこんなにも離れたところにあるなんて思いもしなかった。確かに広大な敷地と言えばそれに近いものもあるかもしれないが、都内の一大学の敷地。北海道の大地の様に果てしなく広い訳でもないのに、教養学部の場所すらわからなかった。ましてその中から、今村さんを探そうなんて。
どうやって彼女を探す?
こんな時、宮村に一声かければすぐに彼女の居場所くらい教えてくれるだろう。彼奴はいろんなところに顔がきくし、この大学でも名はそれなりに知られている有名人だからな。
宮村孝之。1年の頃、彼奴の周りにはいつもスポーツ部からの勧誘の人たちが取り囲んでいた。
彼奴は本当ならばこの大学には入学することはない人材だった。高校時代、彼奴の名声は各大学に知れ渡っていた。スポーツ万能しかも彼奴が関わればその成績は全て上位クラス。そんな栄光ある未来をすべて投げ捨て、宮村はこの大学へ入学した。
すでに何校からも推薦の申し出があるのをすべて断ってまで……。
なぜ?
後で知ったことだが、彼奴には彼女がいる。
彼奴は今も、必死に彼女に向き合い、彼女を守っている。
そんなひたむきな彼奴の本当の姿を僕は知っている。
今では僕の唯一の親友だ。
がっちりとした体に濃いソース顔。しかもあの大音量の声。
どう見たってこんな引っ込み思案のこの僕とは、うまく釣り合いが取れない奴と、僕は親友になった。
本当に宮村の豪快さは周りの人たちを巻き込む。
彼奴はいつも人に対しては物凄く親身に接してくれるし、いろんなところに気配りができるあの性格が、彼奴の周りに人を引き付ける力というのだろうか? 何かを物語っているのかもしれない。
だからこそ彼奴は顔が効くし、その情報網は頼りになる。
すでに大学生でありながら、自分の専攻する経済学部の勉強だと言っていろんな企業とのつながりもあるようだ。
そんな奴だから、学内でも顔は広い。宮村の力を借りれば難なく今村さんの情報は手に入るだろう。
だけど、今は今村さんの存在は宮村には知られたくはない。
彼女でもないし、ただ僕が書いた小説の感想を、僕が勝手に彼女に求めているという状態だし、もし、宮村に彼女のことが知れればすぐに勘違いをするだろうし。
彼奴はいつもうるさいんだよな。
「亜崎も早く彼女くらい作れよ。実際の恋愛を知らずしてお前のジャンルは書けないんじゃないのか? 何なら執筆用の彼女の一人や二人紹介してやろうか?」
執筆用の彼女? それってどんな関係なんだよ。
とにかく今は宮村に彼女、今村さんの存在は隠し通しておきたい。だから、彼奴には相談はしない。
そうなれば今、僕にのこされた 今村沙織という女性を探すには、片っ端から彼女のことを聞いて回るしかないだろう。
怪しまれないように彼女のことを聞き出すにはどうしたらいいのかえさえも、今の僕には浮かんでこない。もう当たって砕けろの方が強いと言えばその通りだ。
構内をさまよいながら、数人に彼女のことを聞いて回ったが、変な目で見られているのがよくわかる。いや、ひしひしとその感じが強くなってきていた。
まるでこれじゃ、ストーカーだ。
そんなことを感じながら、手のひらに汗をにじませながらさまようにこの学内中の人に今村沙織という女性のことを聞きまくった。
そんな時後ろから僕に声をかけて来た一人の女性がいた。
「そこの君、あなたなの? 沙織のこと聞きまわっている人って」
振り向けば、身長は僕と同じくらいでスラッとした赤茶けのくせっけの髪が印象的な女性がすぐ後ろにいた。
少し下を俯いている僕の顔を彼女は下から覗き込むようにして見つめている。
ち、近い。
彼女の顔がすぐそこまで迫っている。
ちらっと見た彼女の黒い瞳には僕の顔が映っていた。
「な、なんでもないよ」
「そうぉ? でも君、顔少し赤いよ」
屈託のないその笑顔がまた僕の鼓動を高鳴らせた。
きょとんと首をかしげるその姿がまた可愛い。
「かわいいね」
小さな声で思わず声に出してしまった。顔が物凄く熱くなった。
「なにか言った?」
「ううんなんでもない」
聞こえていなかったようだ。助かった……。
しかし、どう見ても僕と同級とは思えないよ。
少し天然っぽいところもあるのかなぁ。
どう見たって高校生くらいにしか見えないよ。まいったなぁ、どうしてこんなに気になるんだろこの人の事。
「あははは」
動揺している、何考えているんだ!
「あのぉ、さっきから変ですよ」
「え、そうですか?」
「うん、変。顔もまた赤くなってるし」
「あれ、変だなぁ……」
「うん、変」
くすっと彼女は笑う。
「ねぇ、よかったらその小説。私にも読ませてくれる?」
「え!、読んでくれるの」
「よかったらなんだけど、だめなら無理にとは言わないわよ」
「だ、だめなもんか。ぜひ読んで感想聞かせてください……お願いします」
「感想ねぇ。私の感想なんか、そんなに参考にするほどのものじゃないと思うけど。それでもいい?」
「そんなことないよ。初めてなんだ、こうして読んでみたいって言われたの」
「フーン、そっかぁ。それじゃ私が初めての読者なのかなぁ」
「かもしれない……」
「こりゃ、責任重大! じっくりと読ませてもらおっかな」
「はい、よろしくお願いします」
束ねた原稿をクリップで止めなおし、手渡した。
その時また僕らの間を吹き抜けた。
彼女の麦わら帽子が風に乗った。
彼女のさらさらとした長い黒い髪が風にたなびいた。
その時、あの。あの懐かしい胸の高鳴りが僕の中で鳴り響いていた。
美野里と一緒にいた頃の。
懐かしく、とても暖かくきらきらと光る、美野里の姿が彼女の姿と重なりあった。
彼女は地面に落ちた麦わら帽子を拾い。
「私、今村沙織。常磐大教養学部の3年、あなたは?」
常磐大?
「今なんて言ったの?」
「だから、私の名前は今村沙織。常磐大の教養学部3年って言ったの」
「嘘だろ!」
こんな偶然があっていいのかよ。
「僕も常磐大の3年なんだ。文学部だけど」
「え―、そうなんだ偶然。同じ大学だったなんて。もしかしたら構内のどこかで出会っていたのかもしれないわね」
「かもしれないね。意外と世間って狭いんだなぁ。その原稿、コピーしたのだから差し上げます。僕は……」
「亜崎達哉さん? 原稿に書いているこの名前ってペンネームなの」
「本名です」
「そっかぁ、亜崎さん? んーどっかで見覚えがあるような、無いような。まっいっかぁ。それじゃこの原稿頂いておきますね」
原稿をバックにしまいスマホを取り出して
「はい、お互い登録しましょ」
SNSの登録画面を開いて僕の方にスマホを向けた。
「いいの?」
この「いいの」っていうのに、決して下心たるものは……その時はなかった言えば嘘になるんだろうな。
いきなりだったからちょっと焦ったけど「感想これで送った方がいいでしょ」彼女のその一言で救われた気になった。
そうこれは、あくまでも感想を送ってもらうための登録。
これからどうこうしようというものでもない。
今村沙織
彼女の名が、僕のスマホに登録された。
「それじゃ、私もう行くね。遅くなるとお母さんうるさいから」
「あ、すみません。長々と引き留めちゃって。ありがとうございました」
「うん、それじゃ、またあとでね。あ―ぁ、日に焼けちゃったかなぁ」
彼女の細く白い腕が少し赤らんでいた。
その夜。スマホのSNSに1件の着信応答があった。
「今村沙織」
彼女からだ。開く指先が何故だか小刻みに震えている。
何を緊張しているんだろう。
押すに押せないジレンマが僕を苛立させた。
恐る恐るスマホの画面に触れた。
彼女からのメッセージが表示される。
そのメッセージは……。
こんばんは。
小説まだ読んでいませんけど、亜崎さんて文芸部のサイトに小説載せていますよね。
お名前訊いたときどこかで覚えがあるような気がしてたんです。
実は私ずっと亜崎さんの作品読んでいたんですよ。
今日頂いた小説、サイトには載せていないようですね。楽しみいしています。
そうそう、お約束の感想は必ずお送りしますので。
それでは……。
亜崎先生。なんちゃって
「あ、亜崎先生!」
先生なんて、その先生という響きが、彼女から直接聞こえてきているようなそんな感じが僕の心を舞い上がらせた。
いやぁーそれほどでもないのに。いやや、それほどでもある。
自分でもわけの分らない言葉を口にしていた。
彼女は、今村沙織さんは、あの小説を読んでどんな感想を送ってくれるんだろう。
期待は膨らむ。
しかし、彼女からの連絡はそれ以来来なかった。
2日が過ぎ3日目の朝になっても彼女からのメッセージは来ていない。
大学では変にうわさされるのも嫌だし、今村さんを探そうなんて言う行動はあえてしなかった。
彼女にあの小説を手渡してから、すでに1週間が過ぎていた。
いい加減もう読んでくれてもいいくらいだと思うんだけど。
そ、それともただの冷やかし?
感想送るって言っていたのに。僕の作品文芸部のサイトで読んでいるって言っていたのに!
も、もしかして感想なんて出来ない程、気に入らなかったのか?
そんなレベルじゃないていうことなのかよ。
こういう時の妄想は泉の様に湧き出てくる。これくらい小説に対するアイディアが湧き出てくれれば苦労はしないかもしれない。しかし、どうしてこんなにも彼女からの返事を気にしているんだ。
本当は半分くらい始めっから期待していなかったんだろ。
「なぁ、達哉さんよ」
やっぱりどこかおかしい。自分がどこかおかしくなっている。
正直この1週間、今村さんのことを考えなかった日はなかった。
多分自分の中でも、もういっぱいいっぱいだったのかもしれない。学内では彼女、今村さんのことを探そうなんて言う行動は控えようと思っていたのに。気が付けば講義を僕はサポタージュ、つまりはサボった。
まぁ、あの講義は出席よりもレポート重視だから……。勝手に自分に言い聞かせながら体はすでに教養学部のエリアに向かっていた。
しかしまぁ何だろう。この行動で僕は、自分の行動範囲の狭さを思い知った。
3年も通っているこの大学の構内で教養学部が文学とこんなにも離れたところにあるなんて思いもしなかった。確かに広大な敷地と言えばそれに近いものもあるかもしれないが、都内の一大学の敷地。北海道の大地の様に果てしなく広い訳でもないのに、教養学部の場所すらわからなかった。ましてその中から、今村さんを探そうなんて。
どうやって彼女を探す?
こんな時、宮村に一声かければすぐに彼女の居場所くらい教えてくれるだろう。彼奴はいろんなところに顔がきくし、この大学でも名はそれなりに知られている有名人だからな。
宮村孝之。1年の頃、彼奴の周りにはいつもスポーツ部からの勧誘の人たちが取り囲んでいた。
彼奴は本当ならばこの大学には入学することはない人材だった。高校時代、彼奴の名声は各大学に知れ渡っていた。スポーツ万能しかも彼奴が関わればその成績は全て上位クラス。そんな栄光ある未来をすべて投げ捨て、宮村はこの大学へ入学した。
すでに何校からも推薦の申し出があるのをすべて断ってまで……。
なぜ?
後で知ったことだが、彼奴には彼女がいる。
彼奴は今も、必死に彼女に向き合い、彼女を守っている。
そんなひたむきな彼奴の本当の姿を僕は知っている。
今では僕の唯一の親友だ。
がっちりとした体に濃いソース顔。しかもあの大音量の声。
どう見たってこんな引っ込み思案のこの僕とは、うまく釣り合いが取れない奴と、僕は親友になった。
本当に宮村の豪快さは周りの人たちを巻き込む。
彼奴はいつも人に対しては物凄く親身に接してくれるし、いろんなところに気配りができるあの性格が、彼奴の周りに人を引き付ける力というのだろうか? 何かを物語っているのかもしれない。
だからこそ彼奴は顔が効くし、その情報網は頼りになる。
すでに大学生でありながら、自分の専攻する経済学部の勉強だと言っていろんな企業とのつながりもあるようだ。
そんな奴だから、学内でも顔は広い。宮村の力を借りれば難なく今村さんの情報は手に入るだろう。
だけど、今は今村さんの存在は宮村には知られたくはない。
彼女でもないし、ただ僕が書いた小説の感想を、僕が勝手に彼女に求めているという状態だし、もし、宮村に彼女のことが知れればすぐに勘違いをするだろうし。
彼奴はいつもうるさいんだよな。
「亜崎も早く彼女くらい作れよ。実際の恋愛を知らずしてお前のジャンルは書けないんじゃないのか? 何なら執筆用の彼女の一人や二人紹介してやろうか?」
執筆用の彼女? それってどんな関係なんだよ。
とにかく今は宮村に彼女、今村さんの存在は隠し通しておきたい。だから、彼奴には相談はしない。
そうなれば今、僕にのこされた 今村沙織という女性を探すには、片っ端から彼女のことを聞いて回るしかないだろう。
怪しまれないように彼女のことを聞き出すにはどうしたらいいのかえさえも、今の僕には浮かんでこない。もう当たって砕けろの方が強いと言えばその通りだ。
構内をさまよいながら、数人に彼女のことを聞いて回ったが、変な目で見られているのがよくわかる。いや、ひしひしとその感じが強くなってきていた。
まるでこれじゃ、ストーカーだ。
そんなことを感じながら、手のひらに汗をにじませながらさまようにこの学内中の人に今村沙織という女性のことを聞きまくった。
そんな時後ろから僕に声をかけて来た一人の女性がいた。
「そこの君、あなたなの? 沙織のこと聞きまわっている人って」
振り向けば、身長は僕と同じくらいでスラッとした赤茶けのくせっけの髪が印象的な女性がすぐ後ろにいた。