スマホから鳴り響く曲。テーブルに置いてあるスマホを手にして、ぼ~とした眼が一気に開く。
3回目のスヌーズ。
「やべぇ、寝過ごした」
今日は1限目から講義がある。それなのに、カーテンから降り注ぐ太陽の光は、早朝の優しい明るさではなく、一瞬僕の視界を真っ白にさせるほど、強い光を放していた。
よりによってこんな日に寝坊するなんて。
今さらそんな事言っても仕方がない。明け方まで原稿を書いていたからだ。
だけど書けたのは、ほんのわずかだった。
行き詰まると本当に何も書けない。筆が止まる、いや、キーボードを打つ手が止まる。
こんな事で本当に小説家としての道が開けるんだろうか。
アマチュア小説家で終わるんだったら、こんなに苦にはならないのかもしれないな。
でも、僕はプロの小説家を目指している。
それは僕の夢? いや目標。そんな安っぽいものなんかじゃない。
僕は必ず小説家になると決めたんだ。
それがどんなに険しい道であっても、僕はその道をあえて進んでいく。
これはある人との約束。
お互いを信じ、また共に出会う事を誓った彼女との約束。
彼女も今、きっと同じ思いで小説家の道を歩んでいるんだと思う。
僕らは今遠く離れている。でも二人の志はどんなに離れた所にいても同じだ。
変わる事のない想い。
また共に小説家として出会う事を誓い合った。
高校生活の終わりに自分の人生の道を決めた。
大学も土壇場で変えた。
まわりからは当然の様に猛反対を食らった。
担任からも、親からも。
そんな何も保証もない事に人生をかけてどうするんだ?
親父からは、どうしても自分を通すんだったら支援はしないとまで言われた。
担任は志願を受け付けてはくれなかった。
それでも僕は貫き通した。
結局、親も担任もおれた。と言うよりは、もう呆れてしまい、とにかく大学に入って4年間じっくりと自分の行く先を考えろ。と言う結論に達した。
それでも唯一あの時、姉さんだけは味方してくれた。
「本当にあなたが小説家になれるかどうかなんて、そんな事は今は分からなくて当たり前。でも、本気で何かに向かおうとしている事は認めてあげたい。失敗したっていいじゃない。何もしないでいるより、いいえ、ただ漠然と自分の人生を送るよりはずっといいと思う。達哉が自分で決めた道なんだもの」
姉さんは知っていた。
僕と彼女との約束を。
だから味方してくれたのかどうかは本心は正直分からない。本当はそんな事どうでも良かったのかもしれない。
ただ、あまり表に自分を出す事が無い僕が、初めて自分の意志を出したからだろう。
上京する時、姉さんが一言
「がんばりな!」と、言って背中を押してくれた。
もうあれから3年が経っている。
常磐大学文学部3年。入学してすぐに入部した文芸部も今では後輩も出来、自由に活動できるのも今年が精いっぱいだろう。
来年は就職活動が待っている。
それにしても今日の講義は外すとやばい!
欠席すれば、大量のレポートが僕を待っている。そんなレポートを書いている暇があるんだったら、1本でも多く小説を書き終えたい。それが本音だ。
朝食? そんなもの食ってる暇なんかあるはずがない。
5月半、もうすでに夏の気配がすぐそこまで感じさせられる。
急いでシャツを着て部屋を出て自転車に飛び乗る。
ちらっとスマホの時間を目にして
「ぶっ飛ばせば、電車一本遅れで間に合うかもしれない」
呟く様に口にして、目指すは自転車でおよそ10分先の駅だ。
自転車のペダルに足をかけ、力いっぱい踏み込む。
5月にしては強い日差しが僕を照り付ける。
「がんばれ!頑張れ! ぜったい間に合う」
そう言い聞かせ、懸命にペダルを踏み込む。
近所の公園の大きな木が自然と目に入る。
時に人は道の選択をあやまる。いつもは住宅街の中を自転車で駅まで向かう。
しかし、今日はふと目にした公園の別れ道から大通りへと向かった。交通量は多いが大通りの方が幾分早く駅に着く。
その選択が吉と出るか、それとも凶と出るか。それは運命のみが知る。
大通りに出た瞬間僕の目の前に黒い影が飛びかかった。
「うわっ!」猫だ。
急ブレーキをかけ、バランスを崩した僕の目の前にまた大きな影が、キキーと異様な音をたてながら襲い掛かってきた。
「あ、車だ……。」
それを見た後、僕は真っ黒な闇に包まれた。
……終わったな。
一瞬にして駆け巡る記憶の数々。暗闇は何処までも広がり、僕の意識は閉ざされた。
耳元で何やら訳の分からない言葉を発しながら、僕を囲むように人の気配がする。
気が付いた時僕の周りにいた人たちの声が専門用語だらけで、その言葉を理解するのに幾分時間がかかった。
ここは病院?
「気が付きました?」
看護師らしい、いや看護師だ。僕に声をかける。
今度は若い男性医師が僕に問いかけた。
「ここどこだかわかりますか?」
「た、多分病院だと思います」そう答えると
「右手動きますか? 左手動きますか?」
と続けて問いかけた。
言われるままに、右手を左手を動かした。
「大丈夫そうですね。あと、どこか痛いところはりますか?」
そう言われたとたん、ズキンと頭が痛くなってきた。
「頭が痛いんですけど」
「そうでしょうね」男性医師はホッとしたように言った。
頭が痛いのに何を安心しているんだろう? この医者は……。
「大丈夫ですよ。検査の結果、頭部には損傷はなかったですから。ああ、痛いのはちょっと頭すりむいていましたからその傷のせいでしょう」
そっと頭に手を添えると、包帯らしきものが巻かれている感触が伝わった。
「あのう、僕はどうしてここに?」
「ああ、記憶飛んじゃったのかなぁ。君、車と接触事故にあったんですよ。と言っても直接ひかれたのは自転車の方で、君は自転車から放り出されて道路に転げ落ちたみたいですけどね」
「そうなんですか?」
「まぁ、詳しい事は警察の方が待っておられるので、お聞きください。それと、念の為3日ほど入院ですよ」
「はぁ……。」と、返事のしようはなかったが、あとで、警察から説明を受けた時、間一髪助かった事を訊いて身震いをしたのは嘘ではない。
卒なく一般病棟に移されたが「今空いているのここしかないんだ、ま、3日ぐらいだから寂しくはないだろ」
移された病室は個室だった。あの若い医師が眼鏡越しに僕の顔を見つめ、にこやかに言った。
それにしてもこの人、医者にしてはカッコよすぎる。白衣よりも白のスーツでも着て、若い女性をもてなす職業の方がしっくりくるような風貌だ。
ベッドの枕位置の上のプレートにはすでに僕の名が書かれていた。
「亜崎達也」脳外。Dr田嶋
用意されたベッドに静かに移ると
「そうそう、もしかしたら、体中痛みを感じるかも知れないから、今日は一日安静にしてくださいね。どうしても耐えられないようだったら、これ押して呼んでください。それじゃお大事に」
この医師は田嶋というのか? 担当は脳外。若いわりにしては丁寧な言葉と対応。僕よりは年上なのは確かだろうけど、そんなに離れている訳でもなさそうだ。いや、でも医師として勤務していると言う事は、少なくとも僕よりは5歳は年上だろう。でも見た目は僕とほとんど変わらない様な気がする。
そんな事を考えていたら、あの医者が言った様に体中が痛みだしてきた。
窓から差し込む太陽の光が眩しい。
一度横になってしまうと、痛みで体を動かす事も面倒に思えた。
仕方がないから、かけシーツを引っ張りだして頭からすっぽりとかぶって光を遮る。
3回目のスヌーズ。
「やべぇ、寝過ごした」
今日は1限目から講義がある。それなのに、カーテンから降り注ぐ太陽の光は、早朝の優しい明るさではなく、一瞬僕の視界を真っ白にさせるほど、強い光を放していた。
よりによってこんな日に寝坊するなんて。
今さらそんな事言っても仕方がない。明け方まで原稿を書いていたからだ。
だけど書けたのは、ほんのわずかだった。
行き詰まると本当に何も書けない。筆が止まる、いや、キーボードを打つ手が止まる。
こんな事で本当に小説家としての道が開けるんだろうか。
アマチュア小説家で終わるんだったら、こんなに苦にはならないのかもしれないな。
でも、僕はプロの小説家を目指している。
それは僕の夢? いや目標。そんな安っぽいものなんかじゃない。
僕は必ず小説家になると決めたんだ。
それがどんなに険しい道であっても、僕はその道をあえて進んでいく。
これはある人との約束。
お互いを信じ、また共に出会う事を誓った彼女との約束。
彼女も今、きっと同じ思いで小説家の道を歩んでいるんだと思う。
僕らは今遠く離れている。でも二人の志はどんなに離れた所にいても同じだ。
変わる事のない想い。
また共に小説家として出会う事を誓い合った。
高校生活の終わりに自分の人生の道を決めた。
大学も土壇場で変えた。
まわりからは当然の様に猛反対を食らった。
担任からも、親からも。
そんな何も保証もない事に人生をかけてどうするんだ?
親父からは、どうしても自分を通すんだったら支援はしないとまで言われた。
担任は志願を受け付けてはくれなかった。
それでも僕は貫き通した。
結局、親も担任もおれた。と言うよりは、もう呆れてしまい、とにかく大学に入って4年間じっくりと自分の行く先を考えろ。と言う結論に達した。
それでも唯一あの時、姉さんだけは味方してくれた。
「本当にあなたが小説家になれるかどうかなんて、そんな事は今は分からなくて当たり前。でも、本気で何かに向かおうとしている事は認めてあげたい。失敗したっていいじゃない。何もしないでいるより、いいえ、ただ漠然と自分の人生を送るよりはずっといいと思う。達哉が自分で決めた道なんだもの」
姉さんは知っていた。
僕と彼女との約束を。
だから味方してくれたのかどうかは本心は正直分からない。本当はそんな事どうでも良かったのかもしれない。
ただ、あまり表に自分を出す事が無い僕が、初めて自分の意志を出したからだろう。
上京する時、姉さんが一言
「がんばりな!」と、言って背中を押してくれた。
もうあれから3年が経っている。
常磐大学文学部3年。入学してすぐに入部した文芸部も今では後輩も出来、自由に活動できるのも今年が精いっぱいだろう。
来年は就職活動が待っている。
それにしても今日の講義は外すとやばい!
欠席すれば、大量のレポートが僕を待っている。そんなレポートを書いている暇があるんだったら、1本でも多く小説を書き終えたい。それが本音だ。
朝食? そんなもの食ってる暇なんかあるはずがない。
5月半、もうすでに夏の気配がすぐそこまで感じさせられる。
急いでシャツを着て部屋を出て自転車に飛び乗る。
ちらっとスマホの時間を目にして
「ぶっ飛ばせば、電車一本遅れで間に合うかもしれない」
呟く様に口にして、目指すは自転車でおよそ10分先の駅だ。
自転車のペダルに足をかけ、力いっぱい踏み込む。
5月にしては強い日差しが僕を照り付ける。
「がんばれ!頑張れ! ぜったい間に合う」
そう言い聞かせ、懸命にペダルを踏み込む。
近所の公園の大きな木が自然と目に入る。
時に人は道の選択をあやまる。いつもは住宅街の中を自転車で駅まで向かう。
しかし、今日はふと目にした公園の別れ道から大通りへと向かった。交通量は多いが大通りの方が幾分早く駅に着く。
その選択が吉と出るか、それとも凶と出るか。それは運命のみが知る。
大通りに出た瞬間僕の目の前に黒い影が飛びかかった。
「うわっ!」猫だ。
急ブレーキをかけ、バランスを崩した僕の目の前にまた大きな影が、キキーと異様な音をたてながら襲い掛かってきた。
「あ、車だ……。」
それを見た後、僕は真っ黒な闇に包まれた。
……終わったな。
一瞬にして駆け巡る記憶の数々。暗闇は何処までも広がり、僕の意識は閉ざされた。
耳元で何やら訳の分からない言葉を発しながら、僕を囲むように人の気配がする。
気が付いた時僕の周りにいた人たちの声が専門用語だらけで、その言葉を理解するのに幾分時間がかかった。
ここは病院?
「気が付きました?」
看護師らしい、いや看護師だ。僕に声をかける。
今度は若い男性医師が僕に問いかけた。
「ここどこだかわかりますか?」
「た、多分病院だと思います」そう答えると
「右手動きますか? 左手動きますか?」
と続けて問いかけた。
言われるままに、右手を左手を動かした。
「大丈夫そうですね。あと、どこか痛いところはりますか?」
そう言われたとたん、ズキンと頭が痛くなってきた。
「頭が痛いんですけど」
「そうでしょうね」男性医師はホッとしたように言った。
頭が痛いのに何を安心しているんだろう? この医者は……。
「大丈夫ですよ。検査の結果、頭部には損傷はなかったですから。ああ、痛いのはちょっと頭すりむいていましたからその傷のせいでしょう」
そっと頭に手を添えると、包帯らしきものが巻かれている感触が伝わった。
「あのう、僕はどうしてここに?」
「ああ、記憶飛んじゃったのかなぁ。君、車と接触事故にあったんですよ。と言っても直接ひかれたのは自転車の方で、君は自転車から放り出されて道路に転げ落ちたみたいですけどね」
「そうなんですか?」
「まぁ、詳しい事は警察の方が待っておられるので、お聞きください。それと、念の為3日ほど入院ですよ」
「はぁ……。」と、返事のしようはなかったが、あとで、警察から説明を受けた時、間一髪助かった事を訊いて身震いをしたのは嘘ではない。
卒なく一般病棟に移されたが「今空いているのここしかないんだ、ま、3日ぐらいだから寂しくはないだろ」
移された病室は個室だった。あの若い医師が眼鏡越しに僕の顔を見つめ、にこやかに言った。
それにしてもこの人、医者にしてはカッコよすぎる。白衣よりも白のスーツでも着て、若い女性をもてなす職業の方がしっくりくるような風貌だ。
ベッドの枕位置の上のプレートにはすでに僕の名が書かれていた。
「亜崎達也」脳外。Dr田嶋
用意されたベッドに静かに移ると
「そうそう、もしかしたら、体中痛みを感じるかも知れないから、今日は一日安静にしてくださいね。どうしても耐えられないようだったら、これ押して呼んでください。それじゃお大事に」
この医師は田嶋というのか? 担当は脳外。若いわりにしては丁寧な言葉と対応。僕よりは年上なのは確かだろうけど、そんなに離れている訳でもなさそうだ。いや、でも医師として勤務していると言う事は、少なくとも僕よりは5歳は年上だろう。でも見た目は僕とほとんど変わらない様な気がする。
そんな事を考えていたら、あの医者が言った様に体中が痛みだしてきた。
窓から差し込む太陽の光が眩しい。
一度横になってしまうと、痛みで体を動かす事も面倒に思えた。
仕方がないから、かけシーツを引っ張りだして頭からすっぽりとかぶって光を遮る。