遠慮気味に沙織さんが再度僕に聞く。
顔がまた赤くなっている。
今度は耳まで赤くなっているように見える。
「本当にいませんよ」
「そっかぁ、……」
「やっぱり僕には恋愛小説は向いていないのかなぁ」
「ううん、そうじゃないと思う。亜崎さんの書く文章にはやさしさが感じられるから。私は読んでいてとても心があたたかくなる。でもナッキの言っていたことは私も感じていた。何かが足りないなぁって」
「その何かが、僕の実際の恋愛経験という事ですか?」
「多分ね……」
沙織さんから出たその一言は、なんだかとても冷たく感じた。
そのあと、僕が彼女に言った一言が彼女の心を動かしたのかもしれない。
「沙織さんは『愛』ってなんだと思います」
下を少し俯き、彼女はこういった。
「大切なもの」と……。
僕らの会話はそこで止まってしまった。
沙織さんたちは次の講義があるからと、席を立った。
「ランチごちそうさまでした」と一言彼女から礼を言われたが、どことなく沙織さんの表情は沈んだままだった。
原稿用紙に細かく書かれた赤文字。それは沙織さんがこの僕が書いた小説を読んでその場面ごとに感じた事が書かれていた。
それは彼女自身の視点からだけではない様な気がする。
いろんな人への想いが、この小説を通して僕に伝えようとしているような、そんな気持ちがした。
最後に彼女は僕宛にこんなメッセージを残していた。
「私は男性の人と本当の意味でのお付き合いをしたことは、正直無いと等しいです。そんな私が、唯一自分自身の感情と向き合うことが出来るのは小説を読んでいる時だけ。物語の中に入り込んでいる時、私はその物語に恋をしてしまいます。亜崎さんの作品はどれも好きです。読んでいて私のこの気持ちを優しく包んでくれるような感じがいつもします。欲張りかもしれません。私はその優しさがもっと欲しい」
後に何か続きそうな感じだったが、文面はそこで切れていた。
その時の僕はまだその意味を理解することは出来なかった。
午後の講義を終え、文芸部の部室へと足を運んだ。
部員と言っても毎日部室に行くわけでもない。活動は各々独自に活動している。だが、月に2回は部員全員が出席する会合が行われる。
その時、自分の活動報告をする決まりになっている。それに今回は学際に関する文芸部の運営が議題に上がっていた。
最後の講義が少し伸びたせいで、開始の時間は過ぎていた。
後ろの入り口からこっそり入り込もうとしたが、部長の有田優子はそれを見逃さなかった。
「遅かったわね亜崎君」