「え、えっと……それはどういう……」
「揉めば大きくなる」
ありえない、論外。
何言ってるの、この人。
イケメンじゃなかったら通報されてるよ。
いや、イケメンでも通報されそうなレベル。
「さっき杞羽を傷つけて怒らせたお詫びとして責任取って俺がやってあげる」
「は、はぁ!?!?いや、何言ってるんですか、正気ですか、頭どっかにぶつけたんじゃないんですか!?」
お風呂の浴槽の角で頭ぶつけたレベルでやばいこと言ってるって自覚してないの!?
「ううん、正常。ほらおいで」
責任取ってとか、取ってもらう筋合いないし!!
しかもその発言、フツーに下心丸見えと思われても仕方ないと思うけど!!
ってか、手伸ばして触れてこようとしてるし!!
どうせ、わたし相手に下心とかはないんだろうけど!単純にからかってるだけだろうし。
「杞羽は俺に触れられるの嫌なの?」
「い、嫌です」
「なんで?」
「身体に触れていいのは、彼氏だけとかじゃないんですか」
わたしのこの考え方って古い?
いろんな女の子を知ってそうな先輩からしたら、こんな考えは幼稚すぎる?
「んじゃ、俺が杞羽の彼氏になる」
「イミワカリマセン」
もう先輩ってほんと意味わかんない。
人に興味ないくせに、なんでこんなふうにわたしに構ってからかってくるの?
「ってか、杞羽は彼氏いないの?」
「い、いませんよ。先輩と違ってモテないですから」
「じゃあ、俺が立候補してもいーんだ?」
どうせここで過剰に反応したら、「なーんて。ジョーダンなのに」とか言われるオチだもん。
「り、立候補は受け付けてません」
わたしごときがイケメンにこんなこと言って何様だよって思われるかもだけど、今はこれしか思いつかない。
「ふーん。
じゃあ、しばらく杞羽は俺のものってことね」
「んえ?」
え、なんでそうなるの!?
「杞羽に近寄る男は俺しかいないってことでしょ?」
「いや……、まあ、そうなりますけど」
現にわたしには彼氏候補的なのはいないし。
というか、そもそも男の子と関わることなんて滅多にない。
まあ……例外は1人いたりするんだけど。
「だったら俺が杞羽のこと独占できるね」
「っ、」
先輩の言葉はずるい。
さらっと女の子がキュンってするセリフを熟知してるみたいだし、それを自然と使ってくるから。
「せ、先輩こそ……、彼女いないんですか?」
今まであんまり触れてこなかった話題。
でも聞くなら今かもって。
「彼女なんていない。ってか、基本的に付き合うとかメンドーだし、人に興味ないし」
なんだ、彼女いないんだ。
心のどこかで少しホッとした。
どうしてホッとしたのか。
今のわたしにはわかるわけない。
とある休みの日の出来事。
ようやく一人暮らしも慣れてきて、平穏な日常が続いていたのに事件発生。
まだ朝方で、ベッドでスヤスヤ寝ていると部屋のインターホンが鳴った。
「ん……」
スマホで時間を確認したら、まだ朝の7時半。
こんな時間にいったい誰だって。
寝起きのせいでボーッとする意識の中、無用心にも誰か確認せずに扉を開けてしまった。
「おせーよ出てくるの」
目の前にいる人物を見て思考が数秒停止。
そして、すぐにハッとして玄関の扉を閉めようとしたけど、時すでに遅し。
「おいおい、なんで閉めようとすんだよ」
「な、なんで千里がここに!?」
「一人暮らししてるお前の様子見に来てやったんだよ。とりあえず中に入れろよ」
「えっ、ちょっ!!勝手に入らないでよ!!」
止めてもお構いなしに部屋にズンズン入っていくこの男……。
わたしの幼なじみで同い年の木野千里(きの ちさと)。
幼稚園から中学までずっと一緒の、いわゆる腐れ縁ってやつで、家まで隣同士。
千里は昔から無駄に過保護っていうか心配性で、わたしが今の高校を受験して一人暮らしをするのも大反対したくらい。
たぶん両親より反対してた。
小さい頃なんて常に千里がつきまとってて、周りからは番犬なんて言われてたくらい。
とっても強引な性格だけど、いざとなったらわたしを守ってくれる頼もしい一面もあったり。
一度も染められたことがない真っ黒の短髪。
見た目は爽やかで清潔感があって好青年にしか見えない。
おまけに小学校の頃からバスケをやっているので、背だってグーーンと伸びて今では170後半はあると思う。
たしか高校でもバスケ続けてるんだとか。
お母さんから聞いた話だと、千里の過保護っぷりは今でも変わらずらしく。
何度か、心配してわたしのマンションまで来ていたらしい。
たぶん、来たときたまたま部屋にいなくてタイミングが悪かっただけなんだろうけど。
ってか、最近は自分の部屋にいるより先輩の部屋にいるほうが多かったりするし。
というか、正直あまり会いたくないというか。
どうせ、こっちに戻ってこいとか、いろいろ言われそうだもん。
「へー、部屋とか結構きれいにしてんだな」
「もうっ、勝手に入らないで!!しかもジロジロ見ないでよ!」
「別に見てねーよ。ただ心配してんだよ。杞羽が1人で生活してるとか危ねーし、変なやつとかに狙われたらどーすんの?」
「いや、そんな狙われてないし」
「周りに変な男とかいないわけ?」
「変な男……」
若干、該当者1名いるけど……。
まあ、あれは変な男というより、自由な変人……みたいな。
「何その間。まさか変な男に絡まれてんの?」
「いや、絡まれてるというか……息子が1人増えたような」
「は??息子?」
「あっ、いやなんでもない!!今のは忘れて!」
いかんいかん。
先輩のことを言ったら千里はもっと口うるさくなりそうだもん。
昔から、わたしが男の子と絡んだりするとすぐ噛みついて怒ってくるから。
これでもし、ほぼ毎日先輩の家に行ってお世話してるなんて言ったら、危機感なさすぎって言われて強制的に実家に戻されちゃいそうだもん。
「お、お前まさか、俺の知らない間に子供産んでんのか!?」
「な、何言ってんの!?なんでそうなるの!?」
「いや、だって息子とか言ったじゃねーか!」
「だからそれは違うって、忘れて!!」
千里は頭いいくせに、たまに物事の捉え方がおかしいときがあって、こうやって変なこと言ってくるから。
そもそも根本的に考えてあり得ないのに、なんでそれを真に受けちゃうかな。
そういうところ変に天然っていうか純粋っていうか。
「やっぱ一人暮らしとか俺は反対。つか、高校だって実家から通えない距離じゃないだろ?」
「でも実家から通ったら遠いし、時間かかるし」
「それなら俺が送り迎えしてやるよ」
「大丈夫だもん。
ってか、実家に戻るつもりないし!」
なんか戻るを大前提に話進められちゃってるけど。
「はぁ?ワガママ言ってないで戻ってこいよ」
「やだやだ無理!!」
「なんでそんなここにいたがるんだよ。つーか、1人でいたら危ないってさっきから言ってんだろ?」
「あ、危なくない、大丈夫だもん。
わたしにだって、守ってくれる男の人くらい1人はいるんだから……!」
説得するのに必死で、口から出るに任せていい加減なことを言ってしまった。
目を見開いて、まさかそんなわけないだろって顔をしてこっちを見てくる千里。
かなり驚いた……というか、ショックを受けているようにも見える。
「は……っ、何それ。
まさか彼氏かなんかできたわけ?」
とっさについた嘘とはいえ、案外効果があるのかもしれない。
「そ、そうだよ。わたしにだって彼氏の1人や2人いるんだから!!」
「いや、2人いたら二股だろうが」
そんな細かいところ突っ込まなくてよしだし!!
「と、とにかく!!何かあったら彼氏が来てくれるから大丈夫なの。だから、千里は安心して家に帰って━━━━」
「いや、安心できねー。なら今すぐその"彼氏"ってやつここに連れてこいよ」
「は、はぁ!?そんな無茶なこと言わないで!」
「なら、俺はずっとここにいるし、なんなら実家のほうに連れて帰るから」
な、何それ。
強引にも程があるんじゃ??