夏休み。
わたしと祐二君の姿は、隣町の映画館にありました。
祐二君がバイト先の方からチケットを貰ったらしく、それで映画館に行く事に…つまりはデートです。
「ねー、先輩…本当に見るの?」
苦笑いの祐二君が指で示したのはホラーのポスター。
「はい!楽しみです…!」
「先輩ホラー系 好きだもんね…」
「ほら、早く行きましょう!」
グイグイと祐二君の服を掴んで映画館へと入ります。
「あ、先輩…ポップコーンとか飲み物とかいらないの?」
「ふぇ?映画館とは、飲食をしても良いのですか?」
わたしの言葉に祐二君が頭を押さえました。
「もしかして先輩…映画館とか」
「はい!初めてです!」
「胸はって答えたね…はぁ…」
祐二君はちょっと待っててと、どこかに消えていってしまいました。
「これが、ポップコーン…!」
「そんな珍しいもんじゃないからねーそれ」
おずおずと一つ、ポップコーンをつまんで口に入れる。
―――!
なんと美味しいのでしょう!
「祐二君、甘くて美味しいです!はい!」
一つつまんで祐二君の口に運びました。
いわゆる『あーん』の状態で。
「ん…キャラメルもいいじゃん」
「ふふ、ですよね…あ…」
「うん、ごちそうさま」
ペロリ、とわたしの指についたポップコーンのクズを舐めとる祐二君。
わたしが顔を赤らめていると…祐二君が「そろそろ行こうか」とわたしの手を引きます。
映画館の中は静かで、わたし達の向かうホラー映画の公開場所は、人の数もまばらでした。
「ここにしよ」
「はい」
中央の空いていた席に着いて、映画が始まるのを待ちます。
辺りが次第に暗くなり、いよいよ映画が始まりました。
しかし。
「わたし、暗いとすぐ眠くなっちゃいまして…」
「え、嘘?今、もう眠い?」
「ごめんなさい…少しだけ…」
「じゃあ、眠れなくしてあげよっか?」
―――え?
つー…と祐二君の指が、わたしの手をなぞります。
「ひゃ…くすぐったいです、祐二君…」
「でもこれなら、眠くならないでしょ?」
祐二君はそのままわたしの手を握ったり、またなぞったりを繰り返します。
…これは…。
「ゆ、祐二君…そのぅ…」
「どしたの愛美先輩」
「眠気は吹き飛びますが…ドキドキしすぎて、今度は映画に集中できなくなりました…」
祐二君が、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべます。
「あれ、意識してる?」
「はい…祐二君からされる事、全部に…」
「っ…可愛すぎ…」
「…え?」
「…なんでもー?」
祐二君がお顔を赤くさせながらそっぽを向きます。
結局、映画が終わるまでわたし達は手を繋いでいました。
「これが恋愛映画だったら、もっと違う空気になれたのになー」
映画が終わり、帰路についていると、祐二君がそう言いました。
わたし達の手はまだ繋がれています。
「違う空気に…ですか?」
「うん。例えばキスとか?」
「…次は恋愛映画にお誘いします」
「だから先輩、何で変なところで積極的なの…」
「だって…祐二君とキスしたかったです…」
すねたようにそう言うと、祐二君がお顔を押さえていました。
どうされたのでしょう。
祐二君はお顔から手を離してわたしを見つめました。
「祐二君、どうされ―――」
ふと、祐二君のお顔が近づいてきて…。
ちゅ…。
小さなリップ音。
祐二君のお顔が離れていき、わたしは唇に手をあてました。
「…ふふふ…」
「…なに笑ってるんですかー?先輩」
「ごめんなさい、嬉しくて…」
「…っ…ほら、さっさと帰るよ!」
「はぁい」
祐二君は優しいです。
わたしがしてほしい事をいつもしてくれます。
いつかわたしもお返しができたら…そう強く思えた、そんな一日でした。
秋には色々あるけれど、アタシ…宇野 陽菜子《ウノ ヒナコ》の彼氏は読書の秋らしい。
昼を食べ終えたら、さっさと図書室にこもってしまった彼氏に声をかける。
「なぁ、なに読んでるんだ?」
「お前が絶対 読めない本」
視線もよこさずアタシの彼氏…三月 光《ミツキ ヒカル》が素っ気なく呟いた。
光の肩越しに光の読んでいた本を盗み見る。
「…げ、全部 英文じゃんか」
確かに全く読めない…。
「だから言っただろ。その幼稚な頭がオーバーヒートする前に早く教室に戻れ」
「アタシだって本くらい読めるんだぞ!」
「漫画は入れるなよ」
その言葉にアタシは黙りこむ。
…漫画だって立派な本じゃねーかよ…!
「…よーし、見てろよ光!難しいの探して読んでやるからな!」
「せいぜい頑張れ」
アタシはこめかみに青筋をたてながら、ずんずんと図書室の奥へ向かった。
ここら辺には分厚い本が揃ってる。
「…お、ああいうのとか良いんじゃね?」
上段の方に一際分厚い本を見つけた。
…辞書っぽいけど、これも本だろ。
アタシは背伸びをしてその本を取ろうと…。
「―――あっ」
指が本に届いた時、手元がくるって辞書がアタシの頭の上に落ちてくる―――!
「っ!…」
痛みと衝撃を覚悟して、目を瞑る。
が、痛みも、衝撃もやってこない……。
不思議に思い、目を開けると…。
「光…?」
「なにしてんだ、馬鹿」
光が、辞書を片手で軽々 持っていた。
「な、何でここにいるんだよ…本読んでたんじゃないの?」
「お前の考える事だから、難しい本 = 重い本を選ぶと思った…で、チビなお前の事だから無理してそれ取ろうとしてこうなると思った」
簡単な予測だとため息混じりに光が呟いた。
イラつくけど…なんかヒーローみたいでカッコいいじゃんか。
つまりはアタシの事、心配してきてくれたって事だろ?
…なんだか顔がにやける。
「サンキュな、光」
「ふん…」
行くぞ、と光がアタシの腕を掴む。
「は?どこへ?」
「…本、俺が読んでやる」
「へ?」
連れてこられたのは、先程 光が本を読んでいた窓際の席。
アタシが突っ立っていると、光がイスに座り手招きをした。
「ここ、座れ」
指で示されたのは、イスに座す光の、膝の上。
「は!?ば、バカ…そんなとこ座れるか!」
「ならお前はイスに座る気だったのか?」
「当たり前だろ!」
「そうか…本を読まないお前が、本を読む生徒のため設置されたこの席に座ろうとしていたのか」
「な…何が言いたいんだよっ?」
アタシがそう言うと、光がニコ、と笑顔を見せた。
「本を読むのは『俺』…それを聞くのが『お前』ならば、一人分の席で十分だろう?」
「そ、そんな理由で納得できるか!」
「嫌なら教室に戻れ」
「う…それは…」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、光がアタシを見ている。
散々 迷ったあげく、アタシは―――…。
「っ…これでいいかよ!」
「…ふ…馬鹿にしては賢明な判断だな」
「ほっとけ!」
―――アタシは、光の膝の上にちょこんと乗った。
「それで何を読んでくれるんだよ」
「イタリア語の本だ」
「ふーん…」
光が本を開く。
「―――sei carina」
分かっていたけど、英語すら赤点ばかりのアタシにイタリア語が理解できるわけなかった。
「Molto carina」
混乱しているアタシに、光は尚も読み聞かせを続ける。
「Adorabile…Bella」
発音 綺麗だな…なんて思いながら、光の目を見た。
向こうもアタシを見ていて、ドキッとする。
そのまま、アタシを見つめながら光は口を開く。
「Sei come il sole……Grazie di esistere 陽菜子」
―――ん?
今、最後にアタシの名前がなかったか?
光が、柔らかくほほ笑んでいる。
「ひ、光…今のなんて言ったの?」
「それくらい自分で調べろ、馬鹿」
「いや教えろよ!」
どうせ光の事だから、悪口でも言ってたんだろうけどな!
ふと、アタシ達の右斜め前方に座っていた女生徒が、真っ赤になってこちらをチラチラうかがっていた。
…もしかしてこの子、今のイタリア語知ってるんじゃないか?
よし、あとで聞いてみよう。
その後、女生徒から教えてもらった光のイタリア語の意味に、アタシは赤面する事になる。
最後のイタリア語の訳↓
Sei come il sole.Grazie di esistere陽菜子
意味…『君は太陽のようだ、生まれてきてくれてありがとう陽菜子』
間違ってたらごめんなさい…!
「やったぁ!またアタシの勝ちぃ~!」
ある日の日曜日。
アタシは彼氏の光の家にいた。
といっても、アタシが一方的に押し掛けただけなんだけど…。
目的は一つ。
昨日手に入れたばかりの新作対戦型アクションゲームを光とプレイする事だ。
そしていつも余裕な態度の光をゲームで負かし、アイツの悔しがる顔を見る…!
そんな意気込みの中、始まったゲーム勝負は…。
見事、アタシの四連勝。
「ふふん、どーだ光!アタシの実力を見たか!」
「ゲームごときで得意気になれるなんて、おめでたい奴だな」
「んな…!ホントは悔しいくせにー!」
ニヤニヤしながら呆れた表情の光を見る。
なんだよ…全然悔しそうじゃないじゃん…!
アタシは唇を尖らせた。
「よーし…じゃ、次は特別バトルな!」
「特別バトル?」
「次のバトルで勝った方は…相手の命令を何でも一つ聞く事!」
アタシは光をビシッと指差した。
「ほう…何でも…」
「どーだ光」
「いいだろう。付き合ってやる」
「おっしゃ!」
アタシはガッツポーズをする。
このバトルにもサクッと勝って、光に何か命令してやるんだ。
例えば…明日一日パシりとか…あ、お馬さんごっこしてもらうとかどうだろう。
光が普段なら絶対しなさそうな事…。
「おい、陽菜子…やらないのか?」
「あ…やるやる。アタシは今回もこのキャラだな!」
アタシは四連勝のパートナーを選んだ。
比較的このゲーム内では使いやすいキャラだ。
光が選んだのは…クセがあって使いにくいキャラ…どうやら今回もアタシの勝ちで決まりらしい。
バトルが始まる。
「おりゃーっ!先手必勝!」
アタシは慣れた手つきでコマンドを入力。
序盤から必殺技を出して―――。
「そう来ると思った」
…あれ、かわされた…?
呆然とするアタシの横で、光がニヤ…と笑った。
「な…嘘だろ…」
「ワンパターンなんだよお前の攻撃は…」
コントローラーを握り呆然としているアタシの隣で、あくびをしながら光が言った。
「くっ…この!」
すぐさまバトルを続けて攻撃を繰り出す。
だけどそれはことごとく、光の操るキャラに届かない…。
その結果。
アタシは敗北した。
「さて…何でも一つ命令できるんだったな」
光がニコリと笑った。
アタシは恐る恐る光を見る…。
コイツ、一体どんな命令してくる気だ…!?
「…陽菜子」
「…な、なんだ!」
光がアタシの頭を撫でた。
「これから先も、俺のそばにいろ」
―――っ…!!
瞬間、体中がかぁっと熱くなる。
なんだよそれ…不意討ちすぎる!
光は今まで見たことのないような、優しい笑顔を向けてきた。
「返事は?」
「あ、あの…アタシ…」
―――アタシも、光のそばにいたい。
そう言うと、光は「こっちに来い」とアタシを引き寄せて…そのままキスをした。
顔が離れていく。
目と目が合って、もう一度キスをする。
光に抱き締められて、こういう時、アタシは幸せだって強く思えるんだ。
ゲームの画面では、お互いのキャラ同士が健闘をたたえて拍手をしている。
それはまるで、アタシと光の未来を祝福しているみたいだった。