キーンコーンカーンコーン……

お昼のチャイムが鳴った。

私は青とピンクの巾着袋に包まれた、二人分のお弁当を持って3年生の教室に向かう。

―――早く会いたい、れー君に…!

れー君の本名は安堂 零《アンドウ レイ》
1つ上の先輩で幼なじみの…私の恋人。
いつも優しくて、王子様みたいなれー君に私はメロメロ。

だから1秒だって早く会いたい。

はやる気持ちを押さえられずに小走りになる足―――。


「コラ!廊下を走るんじゃない!」



運悪く、先生に見つかり5分間の説教。



次から気を付けますと謝りながら、逃げるように競歩で目的地へと向かう。

…競歩はギリギリセーフでしょ?

3年生の教室に着く。


「ねぇねぇ安堂君!」
「今日はうちらとご飯食べよ?」
「ズルい、アタシとも食べよーよ!」


4~6人の女の子に囲まれて、れー君の席が見えない…!
今日も出遅れちゃった…。

いや、でも私はれー君の彼女なんだから!

ギュッと巾着袋を握る手に力を入れる。
お弁当を一緒に食べるのは当然、彼女である私の特権だよね…!

そう思ったら勇気が出てきた。
いつものように、私は大きな声を出す。

「れー君!!」

ざわつく3年生の教室。
視線が私を射抜く。

ちょっと恥ずかしい…。
少し下をうつむいた時だった。

「…ごめん皆、ちょっと通らせて…」

れー君の声が聞こえて弾かれたように顔をあげた。
れー君が女の子達から道を開けてもらっているのが見える。

そして私の元へ小走りで来てくれた。

私と目が合って、ニコリ。
れー君がほほ笑む。


「麻奈《マナ》、お待たせ」
「れー君…!あのね、私ちゃんとお弁当作ってきたんだよ!」
「ホント?嬉しいな…麻奈の手作り」

ポンポンと頭を撫でられる。
もうれー君以外、誰も見えなかった。

「早く麻奈のお弁当食べたい。移動しよっか」
「うん!」

私達は3年生の教室を出た。
私達が向かったのは中庭…だけど、人気の中庭は既に生徒でいっぱい。
設置されているベンチも全て埋まっていて、人一人分の隙間もなかった。

「どうしよう、れー君…」

私は困り果てて、れー君を見つめた。
このままじゃ、お弁当を食べる場所を見つける前にお昼が終わってしまう。

「うーん…」

れー君は少し考えてから、そうだと人差し指を立てた。

「あそこなら誰も来ないよ」
「?あそこ?」

私が首をかしげると、れー君はイタズラっ子のような顔でウィンクをしながら一言…。

「生徒会室」


***


「い、いいのかなぁ…生徒会室で勝手にお昼食べちゃって…」
「大丈夫だよ」

カチャッと生徒会室のドアの鍵が開く。

…何でれー君が生徒会室の鍵を持ってるかというと、それはれー君がこの学園の『生徒会長』だから。

文武両道でしっかり者のれー君は先生達からの信頼も厚い。
だから特別に鍵を持たせてくれている。
いつでもれー君が生徒会のお仕事をできるように。


「麻奈、ここ座って」

れー君が1つのイスをポンポンと叩いて示した。
言われた通りにその席へ座る。
…誰の席か分からないけど、少しだけ座らせてもらいます…。
そう呟きながらおずおずと。

「大丈夫。それ俺の席だから」

コポコポと設置されたポットでティーパックのお茶を作りながられー君が笑った。

…つまりこれ、生徒会長のイス…!?

一瞬で緊張し、座ったまま固まる私。

その様子を見てれー君がクスクスと笑う。

「そんな緊張しなくても」
「き、緊張するよぉ…!」
「それよりお茶も入れたし、お弁当食べよう」

早くしないと昼が終わるよ。
そう言われて慌てて巾着袋を目の前の長机の上においた。


巾着袋から二段重ねのお弁当箱を取り出し、フタを開ける。

「わぁ…スゴいね麻奈」
「張り切って作っちゃった!」
「うん、美味しそう」

上の段はオカズ。
卵焼きとほうれん草のゴマ和えにミニハンバーグ…あとタコさんウインナー。
下の段はもち麦プチプチご飯を詰めている。

朝5時から起きて作ったお弁当…。
れー君の口に合えばいいな…。

「食べてもいい?」
「うん、どうぞ」
「じゃあいただきます…」

れー君が卵焼きに箸を伸ばす。
それは私が一番張り切って作ったオカズだった。
だって卵料理はれー君の大好物だから。

れー君が卵焼きを口に入れる…。
私はドキドキしながられー君の感想を待った。
れー君が味わうように卵焼きをそしゃくしていく…。

「うん、美味しいよ」
「ほ、本当…?本当に美味しい?」
「あはは、本当に美味しいってば」
「よ、良かったぁ…」

私はホッと胸を撫で下ろす。
安心したらお腹が空いてきた。
私ももう一つのお弁当箱を取り出し、フタを開けて箸を卵焼きに伸ばした。

口に入れてそしゃくして―――……ん?


……………。


この卵焼き…甘い…?

私は先程とは違う意味で固まった。
私が今日作ったのは、ほんのり塩味の卵焼きの筈だ……でもこの卵焼きは……甘い。

……え、いや、でも…まさか。


もしかしなくても…塩と砂糖を間違えてる…?

その瞬間、私は他のオカズにも塩を使っていることを思い出す―――。

いや、塩だと思ってかけていたのは砂糖だ。

と、なると……。

「れ、れー君待って!食べちゃダメ!」
「―――ん?」
「あっ……!」

れー君はもうオカズの半分を食べてしまっていた。
私は泣きそうになる。

「ご、ごめんねれー君…ハンバーグもゴマ和えもウインナーも甘かったでしょ……」

―――そう、その全ての調理に私は塩でなく、砂糖を振りかけていたから。

ご飯以外、ほぼデザートだった筈だ…。

だけどれー君はニコリと笑う。

「そう?確かにちょっと甘いけど…俺は美味しいと思うなぁ」
「…え?」
「だって麻奈が頑張って作ってくれたお弁当だよ?…美味しいし、スゴく嬉しいよ」

そう言ってポンポンと頭を撫でてくれるれー君…こんな優しい彼氏がいて、私はなんて幸せ者なんだろう。

思わず目から涙がこぼれた。
泣きながられー君の腕に抱きつく。

「…ご、ごめんねぇ…!こ…今度は、ちゃんと作るからねぇ…!」
「こら、泣かない。…楽しみにしてるね」


泣き止まない私のおでこに、れー君はそっとキスを落とした。




最近のれー君は、寝不足らしい。

「…ふぁ…」

その証拠に今だって、ほら…小さくあくびをしている。

今は中休みの最中で、私は恋人のれー君と屋上で話をしていた。
幸運にも、今日は周りに他の生徒はいない。

れー君と二人きりだ。

「生徒会のお仕事…やっぱり、忙しい?」

思いきって聞いてみた。
だけどきっと、れー君は「ううん」って答える。

「ううん、今はそこまで忙しくないよ」


―――ほらね。


私のことを心配させないための、れー君の優しさ…。

だけどね、れー君。

その優しさが、時々スゴく私を寂しくさせるんだよ。

彼氏に本音を言ってもらえないの、彼女としては不安だもん。

いつもは「そっか、それならいいの」って笑って会話を続けるけど、今日は一歩踏み出してみる。

「あのね、れー君!」
「ん?どうしたの麻奈」
「私に何か…れー君を癒すお手伝いをさせて下さい…!」

私の言葉に、れー君がキョトンとする。

…私、なにか変な事…言ったかな?

「…無防備すぎ…」

れー君がボソッと何かを呟いた。
聞こえなくて「え?」と聞き返そうとした…その時。

「っ…ひゃ…!?」

れー君の顔が至近距離まで近づいてきた。

「れー君、ち、近っ…近いよぉ…!」
「俺の事…癒してくれるんでしょ?」
「え…あ……」

れー君の指が私の頬に触れる。

耳元に、れー君の息を感じた。

「れ、れー君……?」
「お願い、してもいい?」
「な、にを……?」

ドキドキしながらキュッと目を瞑る。

れー君は、私の耳元で囁いた。



「ひざまくら、して?」



……はい?


「失礼します、麻奈」
「ど、ドーゾ!」

正座した私の足の上に、れー君の頭がちょこんとのった。

…なんか、こういうの恥ずかしい。

それにしてもさっきのれー君…ドキドキしたな。
次に出る言葉が、まさかひざまくらだなんて思わなかった…もっと、こう…二人きりだし…。

「…変な事、要求されるって思った?」
「へ!?」

私の心を読んだように、れー君が意地悪くほほ笑んだ。

「あ、その反応は図星だ」
「ち、違っ…」
「麻奈はえっちだなぁ」
「そそそ、そんなことないもんっ!」

顔が熱い…!
今の私、絶対顔赤い……。

「そ、それより…!れー君は少し寝て下さい!」
「えー、麻奈と話したいなぁ、俺」
「ダメだよ…だってれー君…本当は疲れてるんでしょう?」

生徒会のお仕事で…そう続けると、れー君は「あー…やっぱりバレちゃうか…」と困ったように笑った。

その姿を見ていたら、つい、本音が出てしまった。

「…頑張らなくていいんだよ…?」
「麻奈…?」
「頑張ってるれー君カッコいいけど…疲れてるれー君を見てると…胸が痛いの…私が変わってあげられたら良いのに…」

れー君がじっと私を見てくる。
そして、ゆっくりとれー君は口を開いた。


「俺が…頑張ってる理由、知ってる?」


「…え?」

れー君が頑張ってる理由?

「それは…学校の皆のために…でしょ?」
「それは…ついでかな」
「ついで…?」

れー君は人差し指を私の唇にあてた。
そして笑顔で私にほほ笑みかける。

「俺が頑張る、最大の理由は…麻奈だよ」


―――え…私?


首をかしげる私に、れー君は優しい瞳で笑う。

「麻奈に、楽しい学園生活を送ってもらいたいんだ。だから今、生徒会で新しいイベントを考えてる」

―――麻奈に笑っててもらいたいから。

―――だから眠くても、疲れてても、頑張れるんだよ。

そう言うとれー君が体を起こした。
私へと向き直る。

「だから、もう少しだけ頑張らせて?」
「っ……!」
「麻奈…?」

私はれー君にギュウと抱きついた。
れー君も私の背中へと腕をまわしてくれる。
子供をあやすように、ポンポンと背中を優しく叩かれた。


私のためなんて…れー君、私情はさみすぎ…。
だけど…嬉しい。



「れー君、大好き…!」
「俺も麻奈が大好きだよ」



それから中休み終了のチャイムが鳴り響くまでの5分間…私達はお互いを抱き締めあっていた。