「陛下はナタリア様のこととなると我を忘れられる。困ったものですな」

「まあまあ。夫婦仲がよいのは何よりではないですか。お世継ぎに恵まれる日もきっと遠くはありませんぞ」

甲板を離れた臣下らが通路でそんな立ち話をしているのを、通りすがったジーナが聞いていた。

ジーナは通路の窓から甲板で抱き合っているイヴァンたちを眺め、「まあ」と肩を竦めて笑みを浮かべる。そして広げた扇で口もとを隠すと、誰にも聞こえない声で呟いた。

「陛下は本当にナタリア様がかわいくて仕方がないのね。まるで猫の子を愛でているよう。――お気の毒に。本当の愛を知らないからあのように子供じみたかわいがり方しかできないのね」

扇の影から覗く目が、哀れみと恋慕の色を浮かべる。

「やはりあの孤高のお方に真の愛を教えてさしあげられるのは、私だけ――」


セレーノ島の青空を背に、船は海を渡る。皇帝夫婦の色褪せない思い出を乗せて。

必ずまた新しい思い出を作りにくると誓って、イヴァンとナタリアは再び長い旅路へと就く。太陽の国から、彼らの雪の国へと帰るために。