(多くを望むことは罪だ。ナタリアは俺の伴侶となった、それで十分じゃないか。ナタリアさえそばにいてくれるのなら、俺は一生心安らぐ夜などなくても構わない)

イヴァンはそう考えて己の心を奮い立たせる。

傷つく覚悟はもうとっくに出来ている。例えナタリアの心が一生治らないとしても、死ぬまで隣にいると神に誓ったのだ。今さら安らぎなど求めていない。

閉じていた目を開き、イヴァンは立ち上がって窓辺まで歩く。

窓から見降ろす中庭では、ナタリアが侍女たちとともにブーケンビリアの香りを楽しんでいた。

南国の夕日に彩られたナタリアの笑顔は黄金色にきらめいていて、まるで女神のように美しい。

いつもはその優美さに酔いしれるイヴァンの心が、今日は少しだけ痛く疼く。

(ナタリアの笑顔が俺の至高の幸福だ。――それでいい)

幸福の中で自分の心が何かをあきらめ手放したことに気づかないふりをしながら、イヴァンはカーテンを閉めると窓に背を向けた。