「おはようございます!実習て来ました、美空です!よろしくお願いします!」
「ああ〜、あんたどこから来たの?」
利用者さんは私と話をしてくれました。耳の遠い方もいましたが、少しでも話せたことに私は嬉しさを感じました。
「浅葱さん!××さんから教えてもらってください」
私は職員さんについて、介助を見させてもらうことになりました。始めに見たのはおむつ介助です。
おむつ介助は学校で学んだのですが、手順はあまりよくわかっていませんでした。本物の利用者さんのおむつは当然汚れていて、臭いもありました。しかし、職員さんの介助の丁寧さや素早さを見ていたらそんなこと気になりません。
実習初日はほとんど見学でした。したことといえば、入浴をした利用者さんの髪を乾かしたことです。
最初は緊張でいっぱいでしたが、利用者さんと話していくうちに楽しい気持ちでいっぱいになっていきました。
そして、次の実習も頑張ろうと思えたのです。
施設の職員さんはいつも忙しく動いていて、何も指示されずどうしていいかわからない時も多くありました。しかし、その分させてもらえることも多いのです。
着脱介助やポータブルトイレの掃除、食器の配膳におやつの準備など、あっという間に一日は過ぎていきます。
職員さんは私に色々なことを教えてくれました。その言葉は今でも心に残っています。
「大切なのは、利用者さんをしっかり観察すること。いつもと様子が違うなとか変化に気付けること。例えば、おむつ介助や入浴介助の時に床ずれができかけていたら、ちゃんと処置をしないと大変なことになるから」
「利用者さんは、百人いたら百人違う接し方です。一人一人にあった介助をします」
「利用者さんたちは、実習生のことも職員として見ています」
その言葉は、将来介護の世界で働く上で役に立つものばかりでした。私はその言葉を福祉の宿題の作文に書き、忘れないようにしようと決めました。
職員さんの言葉は正しいものでした。私は、実習生だから職員には見えないだろうとずっと思っていたのです。
ですが、利用者さんたちは「トイレ連れてって」、「助けてください」と介助技術などは職員さんたちの足元にも及ばないこんな私を頼ってくれたのです。とても驚きましたが、嬉しくもありました。
そして、入浴介助をさせてもらった時に、私は一人一人にあった介助を学ぶことになります。
私は一生懸命利用者さんを洗い、一緒に大きな浴場に誘導したりしていました。その時、「ありがとう」と利用者さんたちは言ってくれていたのですが、「早くして!」と怒ってくる方もいたのです。
急に怒られ、かなりショックでした。利用者さんの多くはいい人たちばかりだったので、尚更です。その時、職員さんから言われた言葉を思い出したのです。
実習では入浴介助以外でも、ちょっとした失敗をしました。
車椅子を利用者さんを乗せたまま壁にぶつけてしまったり、目の不自由な利用者さんに充分な説明を忘れてしまったり……。
失敗をしてしまった時には、「ダメだな……」と落ち込みましたが、今はいい経験になったと思っています。
そして、職員さんに助けてもらいながら、おむつ介助を挑戦したりもしました。
その時に、介助は思っているよりも力がいるということを学びました。そして苦手だったおむつ介助が手順を覚えることができました。
利用者さんたちは面白い人たちが多く、驚いたりしながらも楽しい時間を過ごさせてもらいました。
自分の食事を食べさせようとしてくる人、絵を描くことが好きな人、海外旅行の話が好きな人、歌が好きな人など、個性的な人がたくさんいました。
そんな人たちと紫陽花を見に車で出かけたり、誕生日会をしたり、おやつレクリエーションをしたり、楽しく学ぶ時間はあっという間に過ぎていきました。
そして、ついに実習最後の日がやって来ました。最後の日が近づくたびに私は悲しくなり、更衣室で泣いたこともあります。
私は最後に一番仲良くなった利用者の方とお話をする時間をもらい、楽しく話をしていました。
その人は、私が職員さんに呼ばれて話が中断された時に、いつも「また連れて行く〜!」と言ってくれていた人でした。
「実は、今日で最後なんです」
お別れの時間となり、私が涙を堪えて言うと、利用者さんはニコニコと笑いました。
「そうか。じゃあ、またどこかで会えたら喫茶店でお話ししましょう」
そう言い、利用者さんは首にかけてあるタオルを目に当てました。顔を上げた時、その利用者さんの目は赤くなっていました。私はハッとし、泣きそうになりながら微笑みました。
「ありがとうございました」
階段を降り、更衣室へと向かいます。そして更衣室へと入った刹那、私の目から涙がこぼれていきました。
失敗もありましたが、多くの利用者さんと出会えたことが嬉しく、もう会えないことに悲しみを感じていました。
緊張で始まったこの実習は、最後は幸せと涙で終わったのです。
夏休みを過ごし、学校がまた始まりました。次にあるのは障害者施設です。
障害者施設と言っても、その多くは仕事場なので介助の必要な人はいません。
私が行きたかった仕事場は人気だったため、私と友達は和紙を作る仕事場へ行くことになりました。しかし、私は緊張もしていましたが恐怖の方が大きかったです。
私が行くことになった仕事場は、去年に行った先輩が怒鳴られたという噂が流れていたからです。
「大丈夫!その先輩は元気すぎたから。美空は真逆のタイプだし大丈夫!」
福祉の先生はそう言ってくれたものの、私は不安なままでした。
そして、実習初日の日がやって来ました。
「おはようございます!!」
そう挨拶をし建物の中に入ると、「おはようございます」と体の大きな男性が挨拶をしてくれました。利用者さんの一人です。
「あ、おはようございます!」
奥から今度は職員さんが出て来てくれました。優しそうな人で、「あれ?予想と違う」と思いました。
更衣室で着替え、しばらくすると利用者さんがぞろぞろとやって来ました。
仕事場の代表の方も挨拶をしてくれて、私は思ったよりも和やかな空気に少しずつ安心していきました。
仕事場なので、利用者さんが和紙を作ったりします。私たちはそのお手伝いをするのです。
午前中は、和紙を作る時に使うコウゾの皮をひたすら叩きました。そして昼食を利用者さんと一緒に食べます。お昼休憩の時に利用者さんと少しずつ話し、トランプで一緒に遊んだりしました。
午後からは和紙を実際に作りました。しかし、私は和紙を作る手順を何度も間違えてしまいました。そのたびに、職員さんよりも利用者さんが教えてくれることが多かったです。
利用者さんが教えてくれることに私は驚きながらも、楽しく実習初日を終えました。
仕事場は、ほとんど行う仕事は同じです。
コウゾの皮を叩き、和紙を作ります。そして押し花を作るお手伝いをしたり、しおりを作ったりする作業をたまにすることがありました。
五日間の間に、利用者さんと仲良くなっていました。そして、また別れが近づいていることに悲しみを感じ始めていました。
仕事場で学んだことは、技術面では高齢者施設と比べると少ないかもしれません。しかし、障害者の方と働くことで知的障害のことなどを深く知ることができました。
そして最後の日がやって来ました。仕事場では、いつも利用者さんと一緒におやつを食べて帰ります。その日もおやつの準備を始めていました。
おやつを食べ、実習の感想を発表し終わった後、目の前がぼやけて気がつけば泣いていました。
「悲しいけどね、また遊びに来てね」
そう優しく言われ、ティッシュをもらいました。私は何度も頷き、涙を拭いました。
私は仕事場へのお礼状を書き終え、大きく息を吐きました。
心にあるのは、今でも愛しい思い出の数々。寂しさを感じて泣きたくなる日もありますが、あの学んだ日々はとても素晴らしい時間だったと思いました。
私にとっての幸せは、誰かの役に立てることなのだとわかりました。だからこそ学んだことを活かしたいと思い、病院へ看護補助員として就職することを決めました。
病院は、多くの人が出入りしています。施設よりもたくさんの出会いと別れがあるのでしょう。でも、その出会いを大切にしていきたいです。
人との出会いは、自分にとってプラスになるとよくわかりました。別れがやってくることは悲しいことです。しかし、その時感じた悲しみはそれだけその人のことを想っていた証です。
あの場所で出会ってくれた職員さん、利用者さんに伝えたいことはたった一つです。
こんな私と出会ってくれて、勉強させていただいて、ありがとうございました。