「優しくないから」
眞島くんは、私からそっと身体を離して、微笑んだ。
私は、ゆっくりと、頭の中で、その言葉をなぞる。
眞島くん、優しさを使わないのは二重に優しさで、その優しさがある限り、私は永遠に、先生の傷にとらわれたままだ。
でも、それで、いいのかもしれない。
毒されて、毒されて、何が愛なのか、何が悪なのか、判断力が鈍って、背中に生まれた黒くて冷たい翼で、見かけだけ綺麗な未来へ飛び立とうとするとき、それは確かな足枷になる。
そのことに、助けられる日が、必ず、くる。
にこにこと笑う先生がいた、あの埃っぽい理科準備室。
もう二度と、あの日は戻らない。
おしるこの味も、忘れてしまう。
ただ、一生ゆるされることのない、という事実だけが、ずっとあり続けるだろう。
私はついに止められなくて溢れてしまった涙をぬぐう。
それから、眞島くんの方をもう一度見る。
眞島くんは、穏やかな顔で、野坂、と私を呼ぶ。