確かに明日の手荷物はまだ用意出来ていない。

でも生活に必要なものは宅配便で手配済みだし、荷物は最小限で済むはず。

だから今はそんなことよりも、今日の最重要課題に取り組まなければ。

「明日美、あんたご飯は?お母さんは今日はランチ会やけん。今から用意してから行ってくるね。あんたも自分でなんとかして食べんばよ」

そっか、ランチ会……。

もしかしなくても御子柴さんも一緒だよね。

「ねえお母さん。言うとらんよね、私が福岡に行くってこと」

「へっ!?勿論言うとらんに決まっとるやろ!福岡なんて一言も言うとらんばい……」

なんか……怪しいな。

でもまあ『言うとらん』ってお母さんの言葉を信じることにしよう。

「じゃ私ちょっと出てくっけん。ついでにお昼食べるとば買うてくる。お母さんはランチ会楽しんで来てね」

まだお母さんはお化粧に専念中だから、特に何も突っ込まれなかった。

玄関のドアを開けると、目の前にはお隣さんのドア。

たった数歩で目的地に到着。


ごくん、と息を飲む。

このドアの前でこんなに緊張したことが今までにあっただろうか。

とりあえず深呼吸をして、気持ちをなるべく落ち着かせる。

ここで迷っていても仕方がない。

決意が鈍らないうちにと、呼び鈴をしっかりと押した。

ピンポーン。

『はーい、ちょっと待ってー』

部屋の奥の方から声が聞こえた。

おばちゃんが出てきてくれるみたい。

おばちゃんにも会うのは久しぶりだからドキドキしてきた。

ガチャっとドアが開くと同時に、明るい声が響く。

「もう行くと?私まだ化粧しとらんとに……って、あら!明日美ちゃんやかね!ビックリした、お母さんがどうかしたと?」

そっかランチ会だもんね。

私が来たら驚いて当然だよね。

「ごめんおばちゃん。あの……友也は今日は仕事休みよね?」

私たちが偽りの恋人関係を解消したことは、知ってるんだろうし。

私が友也に会いに来るなんて思ってもないことだろう。