お礼はいつかと約束して、また明日と告げようとした時。
『そういえばさ、』
「うん?」
『幼なじみって生きてるの?』
「え?ヒロのこと?」
『央睦しかいなくない?最近綺咲んとこ来ないじゃん。あれだけ毎日欠かさず来てたのに』
ヒロ、と言われたら。
あの日を真っ先に思い出した。
自分の気持ちを告げた後、ヒロは何も言わずその場を立ち去っていって。
私も先輩と付き合いだしてからは、先輩に夢中な自分がいたからヒロなんて全く気にも止めていなかった。
チクッ。
·····ん?
『まあそろそろ綺咲離れしたらいいよ』
「そ、そうだよ」
『どした?』
「ううん、なんにも·····」
心臓がチクチクしてるみたいだけど、ドキドキの後遺症かなんか?
ドキドキの破壊力がすごすぎるが故の症状?
ヒロに対する罪悪感とも気づかず、瀬名にも聞けずに電話を切った。
これがどういう感情なのか、知ってしまうのが怖かった。
司暢くんで満たされてる自分の中にヒロを入れたくなかった。
ヒロはただの幼なじみだから。
めんどくさいのがいなくなってせいせいしてる。
そうだよね?
生きてる·····よね?
気になりだしたら、気づけばヒロの教室の前を通ってた。
どこ行くにもここの前だけは通らないようにしてたのに·····。
「いる?」
「うーん·····あっ、」
いた。
生存確認·····。
寝てるしあのヤロウ·····。
心配して損したとはこのことで。
ホッと胸が撫で下りたのがわかった。
「珍しいこともあるんだね」
「え、なにが?」
「寝る間も惜しんで、綺咲に夢中って感じだったじゃん」
「そんなわけないでしょ」
「えーあるし。綺咲の番犬で有名だよ、央睦は」
なんだそれ。
確かにどの男にもギャンギャンわめいてたけど·····。
番犬って。
「ほら、綺咲っていつもダメ男ばっかりに引っかかるじゃん?」
「いつもって·····まあ、だいたいそうだけど·····」
「犬の勘ってやつ?央睦が吠える時ってだいたいそういう男に綺咲が掴まってる時じゃん?」
「え?」
そうだっけ?
蘇る記憶の中には、私とダメ男とヒロがいて。
『そいつはダメだ別れろ!』
『ストーカーで有名だから今すぐ別れろ!』
『あいつは別に女がいるからとっとと別れろ綺咲!』
全部、当たってたんだよね。
私も別に本気じゃなかったから、別れてもいいや〜って気持ちで問い詰めたらすぐに吐いたし。
ヒロの言うこと間違ってなかったな〜。
私の人生、ヒロに救われた部分も多かれ少なかれあって。
まあ、だからって気になるとは違うけど。
落ち込んでたら助けないとって、ちょっとは思ってんだよ。
元気·····出しなよヒロ。
もう私は幸せな恋見つけたからさ。
私の番犬も卒業していいんだよ。
机に突っ伏しているヒロに心の中で語りかけて、それから1週間ほどしたある日。
この日は休日で、司暢くんの誕生日前日だった。
明日は司暢くんの家で誕生日パーティをする予定。
『バイト休み通ってよかった。明日楽しみにしてるよ』
昨日の帰り際にこんなこと言われたら最高の1日にしてあげたいじゃん?
司暢くんの好きなロールキャベツ作って、ケーキは苦手だって言ってたから、レモンパイでも作ろうと思ってて。
今日は練習しようって朝から張り切ってる私。
誕生日プレゼントだってもちろん買うつもり。
腕時計?財布?お揃いのものもいいよね。
「なーにー?そんなにウキウキしちゃって。パパに言っちゃうぞ〜」
ママにバカにされても知らんぷりできます。
私は心に余裕ができた。
よし、出かける準備OK。
「今日は帰ってくるの?」
「うん。決戦は明日だから」
「イチャイチャファイトっ!」
だから明日だって·····。
ママのガッツポーズを背に玄関を出る。
晴れた冬の朝。
澄んだ空気が気持ちよくて、自然と鼻から空気を吸う。
「·····はよ」
「っ、びっくりした·····」
吸い込んだ空気全部出た。
突然出てきたヒロの顔。
久しぶりに見たその顔は、ちょっと元気のない表情をしてて。
深刻そうな面持ちだった。
「少しだけ、話したいんだけど」
「い、いいけど·····」
「来て」
え、なに?
怖すぎる。
真面目なヒロなんてヒロらしくなくてむしろヒロじゃないっていうか。
なんかもう無駄に心臓煽られる·····。
連れてこられたのは、昔よくヒロと遊んでいた公園のブランコで。
途中で自販機に立ち寄り、意外にも気が利くヒロが買ってくれたココアを手にして、いつヒロが話し出すのかと待っていた。
「えっと、ありがと」
「ん」
「その·····待つの飽きたんだけど」
「タイミングあるし」
「今じゃない?」
「焦ってもなんも出ねーよ」
はあ·····。
じゃあ待つとするか·····ってそんな悠長に待っていられんのよ私も。
この後やることたくさんの私は暇人に構っていられない。
話すなら早くしな!
「あと3秒で言わなきゃ行くから」
「は!?お、おい待てって、」
「3、2、いち、」
「わ、別れろ!」
「·····は?」
な、なにいったいなんだって?
状況がうまく飲み込めない。
別れろ·····?
あの例のセリフを言ったの?
今回は違うよね?
司暢くんは·····そんな人じゃない、絶対に。
「ヒロのその言葉には飽きた」
「·····は?」
「司暢くんは違うから」
「おい·····まさか信じてねーの?」
「信じられるわけないじゃん!」
だって·····司暢くんは信じられる人だって思った。
今までの人とは全く違う男の人だって。
それなのに何?
「私が納得できる言い訳しな」
「·····あいつが言ってるの聞いた」
「何を聞いたっていうの?」
「き、綺咲のこと賭けてんだよあいつら!!綺咲のこと抱けたら5万とかって!!」
な·····に、それ·····。
司暢くんが·····?
あの優しさの塊が言った言葉って信じろと?
さすがにこれには黙っていられなくて。
冷めかけのココアを両手で握りしめて言い返してやった。
「今回は信じられないから」
「俺が今まで嘘ついたことあったかよ!」
「司暢くんは違う!今までのやつと全然違う!」
「綺咲お前·····あいつにマジなのかよ·····」
「マジだよ。超好き。抱かれてもいいし」
「いい加減にしろ!」
「なにすんの!?」
ありえないんだけど!
私のことぶったの!?
こんな寒い中いたからほっぺた冷たくなってるしヒリヒリが倍。
目頭にジワッと熱いものが込み上げてくるのがわかる。
「綺咲、ごめっ·····」
「ヒロなんて嫌い!」
「っ、」
「ウザイ!大嫌い!」
この冬空に響き渡るくらいの声で言い放ってやった。
さすがにこれは頭に来た。
ありえない。
右のほっぺたが痛すぎて涙が出てきた。
なにあいつなにあいつなにあいつ·····!
瀬名に頼ろうと思ったけど今頃彼氏と旅行中だし、家になんか帰れるわけないし。
もう思いつくのは1人しかいなくて。
『あれ?どしたの綺咲』
「開けて、司暢くん。会いたい」
『いいよ』
ほらね、優しいでしょ。
疑う方がおかしいんだよ。
あんなやつ罰でも当たればいいのよ!
オートロックの彼の部屋の鍵が開いて、司暢くんがひょっこり顔を出す。
赤い目をした私にびっくりしたのか司暢くんがあわてふためいてる·····。
「とりあえず冷やそうか!」
「ん·····ありがと·····」
「痛い?」
「ちょっと」
めちゃくちゃ痛いけどその優しさで和らいだよ。
司暢くんが好き。
初めてこんなにも好きになった。
失いたくない。
司暢くんも、この気持ちも。
「ねえ、司暢くん?」
「ん?なに、綺咲」
「聞かないの?何があったのか」
「綺咲の気持ちが落ち着いたら聞こうと思ってた。話せる?」
コクっと頷いて、正直に聞いた。
絶対にそうじゃないって思いを込めて。
違ったらヒロとは縁を切る。
私のこの気持ちは、司暢くんでしか生まれることがないから。