秋の爽やかな風が教室に吹き込む。それは、埃っぽい教室に微かな爽快感をもたらす。窓際の一番後ろの席で気だるげに授業を受けている…というより、聞き流しているような印象を与える阿羽(あう)は一人、窓の外に広がるビル街を眺めていた。
阿羽は、ここ野宮高等学校に通う二年生。クラスや学年の中では孤立している。というのも、もともと人見知りな性格なので自分から話しかけられる訳じゃないし、話しかけられても距離感が分からないので上手く話ができない。その結果が現状である。
そして、阿羽は軽度のネット依存症である。暇があればSNSやLINEを触っている。それも、クラスで孤立している一つの理由かもしれない。
阿羽としては、「できればクラスの誰かと仲良くしたい」という思いはある。でも、もう二年生の秋。来年は大学受験やなんやで忙しいだろうし、今更固まったグループの中に入ろうとしても難しいだろう。
教室に視線を戻してみる。前では、英語の教師が声を張り上げて熱弁している。クラスメートは、仲の良い子同士で見つめあったり、真剣に話を聞いていたり、ちらほら眠っていたりと様々だ。くだらない、という風に、阿羽はもう一度窓の外を眺めた。

高校から五分ほど歩けば、自宅に到着する。
扉の鍵を開き家に入ると、阿羽はなにも言わずに靴を脱ぎ、二階にある自分の部屋に引き付けられるように向かった。両親は共働きで、母が帰ってくるのは五時半くらい。父に関しては十時くらいに帰ってくる。だから、帰宅してから暫く「一人の時間」ができるのだ。阿羽は荷物を置くなりすかさずスマホを手に取り、ロックを解除してブラウザを開いた。ネットサーフィンである。
フリック入力式のキーボードを触り、検索事項を打ち込んでいく。面白そうなサイトがあれば入ってみる。その繰り返しの作業が、阿羽にとっては堪らなく楽しいものなのだ。
ふと、とある広告が阿羽の目にとまった。それは、ゲームの広告なんかとは違って、白い背景に黒いゴシック体の文字で
「HOPER」
と書いてあるだけだった。阿羽はその公告に酷く釘付けになり、思わず広告をタップした。
すると、知らないサイトに飛んだ。「HOPER」のサイトだということは、すぐに理解できる。広告と同じ、白い背景に黒いゴシック体の文字が並んでいるからだ。
そのサイトには、こう書かれている。
「困ったことはありませんか?
何かに悩んで、迷っていませんか?
それ、HOPER(わたしたち)に委ねて見ませんか?」
「HOPERは、あなたの悩みに寄り添うサイトです」
「無料会員登録、ログインはこちらから↓↓↓」
見るからに怪しげなサイトである。しかし、阿羽の場合は理性より好奇心が勝ってしまったらしく、早速会員登録の手続きに移っていた。
「希望するアカウント名、ユーザー番号を入力してください」
白い背景に、黒いゴシック体、下に黒い枠が二つある。ここに、アカウント名とユーザー番号を書けば良いのか。
阿羽は「Cherry」「124225」と入力した。
Cherryとは、阿羽のハンドルネームである。単に「さくらんぼが好きだから」という理由で命名された。ユーザー番号は適当である。
次に、暗証番号の入力画面に移った。暗証番号を入力し、更に電話番号も入力すると、「アバターの作成」というゴシック体が浮かび上がった。画面をタップすると、キャラクターメーカーのような画面に切り替わった。輪郭、目、鼻、口、前髪と後ろ髪。それぞれ沢山のバリエーションがある。カラーリングも変更できるようだ。迷いながら、阿羽は赤い髪をドーナツのようにした髪型のアバターを作った。
アバターを作ると、「Wait…」というゴシック体の後に
「ありがとうございます。これにて登録は終わりです。お疲れ様でした。」
「それでは、お楽しみ下さいませ。」
というゴシック体の文字が現れた。
阿羽が画面をタップした、その瞬間。
スマホの液晶からまばゆいばかりの光が発され、部屋全体を眩しさで包み込んだ。
阿羽の目の前は真っ白だった…。