きぃくんといっしょ。

 同棲カップルのきぃくんとミヤコさん。
 いたずら好きのお茶目な彼氏のきぃくんに、彼女のミヤコさんはいつも手を焼いていました。

「ちょっと! きぃくん!」

 おやおや、今日もミヤコさんはいたずらをされてご立腹。
 二人の愛の巣に帰るなり、在宅ワークで家に居ることの多いきぃくんに怒鳴りつけるようですよ。

「おかえりー、ミヤコさん。残業お疲れさまー」

 きぃくんはケロッとした態度で、ふわっとした栗色の髪を揺らします。

「お疲れさまー、じゃないわよ! きぃくんあのね、私の手帳にわけもなくビョッコリマンシール【復刻版】挿んだでしょ! しかも魔神シールのめっちゃレアリティ低いダブりやすいヤツ!」

「ああ、魔界脱兎ディアボロウサギのこと? テーブルの下に落ちてたから思わず忍ばせちゃった。多分僕がこないだコンビニで見かけて、郷愁にかられて買ったヤツだね……。懐かしいなぁ……友達の赤木くんと青山くんが僕が手塩にかけて育てたビョッコリマンシールアルバムを『タイムカプセルごっこしようぜ~』とか言って奪い取った挙句学校の裏庭に埋めて、そこから何故かヒマワリの芽が出たっていう……」

「ちょっと、勝手に黄昏れないで黄村《きむら》くん! しかもツッコミ所満載だから! どこから処理したらいいの!? まず赤木くんと青山くんを処理したらいいの!?」

「ミヤコさんは相変わらずカゲキだなぁ」

「てかビョッコリマンシールアルバムからどうしたらヒマワリが咲くの!」

「そうだねぇ……やんちゃなハムスターさんの落とし物かもしれないし」

「とっとこ走るよってか! てかね、懐かしかったわよ、私も! ビョッコリマンシール! ディアボロウサギなんか子供の時ダブりまくった悔恨のトラウマが発動したわよ!」

「お、同世代の強み」

「おかげで会議集中できなかったからね! ディアボロウサギのさ、人を舐め腐ったあの態度がムカつきすぎて逆にじわるんだわ! ニンジン抱えて不貞寝してて、お前魔界脱兎言いながら逃げる気微塵もないだろっていう……頭から離れなかったからね! プレゼン中にも思い出し笑いしたから!」

「はわ~。プレゼンうまくいかなかった?」

 さすがにきぃくんはしゅんと項垂れます。

「いや、それがね、笑いながら楽しそうにプレゼンしたのが功を奏してね、取引先とギュッと話が詰められたのよ! ギュッとこう、めちゃめちゃフレンドリーに! それはもう、ほんとにありがとう! あまりに嬉しくてウッキウキで資料確認してたら帰るの遅くなっちゃったわ!」

「やったね、ミヤコさん! きっとそんな感じで遅くなるかなーと思って──」

「え、なんでそんな感じで遅くなると思うの。先読みの権化?」

「僕がお風呂沸かしたり洗濯畳んだりしといたからねー。お風呂! ミヤコさんの好きなSABONのハニーピーチ味のバスソルトだからねー」

「それは……きぃくん、ありがとう……。バスソルトの種類を味って言うのやめなさい、調味料じゃないんだから。疲れた体に塩揉み込んでくるわ……」

「ミヤコさんこそ食材になったみたいな言い方」

 ……とまぁ、こんな具合で。

 ミヤコさんの好みを理解して茶目っ気たっぷりに尽くしてくれるきぃくんと、そんないたずら好きの妖精みたいに人懐っこいきぃくんに怒りは湧きつつも可愛くて仕方のないミヤコさん。

 元々きぃくんは、ミヤコさんの勤める食品会社の商品パッケージやホームページデザインなどを請け負うデザイン会社に勤務するデザイナーでした(今はフリーとなり、打ち合わせなどで出かける以外はほぼ在宅ワークです)。

 開発事業部のミヤコさんときぃくんはそんな縁で出会い、懇親会の飲みの席でベロベロに酔っぱらったきぃくんをミヤコさんがお持ち帰りし、ミヤコさんは「あれ? これ男女逆じゃない?」と思いつつ……。

 ……とまぁ、もうお分かりですね? これ以上語るのは野暮というもの。

 こうして結ばれた二人は同棲にまで発展し、今に至るということです。

  お互いを知り尽くした二人は、仲良くわちゃわちゃと過ごしているわけですが──。

 10月中頃のとある夜。

 ミヤコさんが仕事を終えて家に帰ると、きぃくんが晩ごはんを作って待っていたのです。

「きぃくんどうしたの!?」

 基本的に、料理をするのはミヤコさんです。きぃくんは料理があまり得意ではないので、ミヤコさんが残業の時はお惣菜を買ったりお気に入りのカフェ飯をテイクアウトしたりするので、こうしてきぃくんが一人で何かを作って待っていてくれるのは初めてのことでした。

 家の中はほかほか、キッチンはお鍋やまな板でぐちゃぐちゃです。

「『今日のご飯は僕が用意するからいいよ~』とは聞いてたけど……」

「うん! ミヤコさんに初めてのおもてなししてみました!」

 エプロン姿のきぃくん。テーブルにはもうもうと湯気の立ち上ったお皿に、クリーム色の──。

「牡蠣グラタンです!」

「なんですと!?」

 ミヤコさんは大仰に驚きました。

「初めての料理でいきなりグラタン? しかも牡蠣? レベル高いとこ攻めた……ってか、確かに牡蠣は英語で“R”の付く月が旬と言われてるし、今は10月、Octoberで……」

「まぁいーから食べて食べて、ミヤコさん!」

「お……おう」

 ぶつぶつ言いながらも、ミヤコさんは促されるままジャケットを脱いでうがい手洗いをして、ちょこんと牡蠣グラタンの前に座りました。向かいには同じようにきぃくんの分も用意されています。

 ベシャメルソースのいい匂いが鼻孔をくすぐり、食欲をかき立てます。

 ミヤコさんは「料理なんか滅多にしないきぃくんが、こんな風に食事を用意して待っててくれるなんて」と感動が込み上げます。

 しかも、ミヤコさんのグラタンの前にはフォークではなくスプーンが置いてありました。

 ミヤコさんは食べ方が豪快なので、グラタンを食べる時はいつもフォークでチクチク刺して食べるのではなく、スプーンですくって食べます。もちろん会食の時はきちんとフォークを使います。そんな豪快な姿をミヤコさんが見せるのは、きぃくんの前だけです。

 それをわかってくれているきぃくんの心配りにも、感動していました。

 貝殻みたいな形をしたグラタン皿。

 同棲一年目に、高円寺にあるオシャレなインテリアショップで二人で買ったものでした。

 牡蠣グラタンだけに貝殻のお皿を選ぶセンスもなかなかだと、ミヤコさんは感心します。

「ありがとう、きぃくん……。私嬉しい……」

 涙がちょちょぎれそうなミヤコさんと、それをニコニコと見つめるきぃくん。

「さあ! 召し上がれ、ミヤコさん!」

「はい! 召します! いただきまーす!」

「まーす!」

 二人向かい合わせに座って、パチンと手を合わせました。

 ミヤコさんはスプーンを、きぃくんはフォークを持ってグラタンを食べ始めます。

「焦げ目もいい感じ。あんまり水っぽくないし出来栄えも悪くないね。やるじゃない」

「だっていっぱい練習したもん」

 料理評論家気取りで寸評するミヤコさんと、照れ笑いするきぃくん。

 ミヤコさんがスプーンでグラタンと牡蠣をすくってはフーフーし、あーんと口を開け、あむっとスプーンを口に入れました。

 すると──。

 ガキッ。

「──ん?」

 一瞬、ミヤコさんは牡蠣の殻が入っていたのかなと思いました。

 けれど、その割には磯臭くなくジャリジャリとしていない──とにかく、柔らかいはずのグラタンの中に潜んでいた固いものに、ミヤコさんは首を傾げました。

「……んあ? 何だろこれ……」

「婚約指輪」

「プホォッ!!」

 ミヤコさんは異物を吐きました。

 スポンッと飛び出したそれはきぃくんの額へとダイレクトに当たりました。

「熱っ……、痛いよミヤコさん、しかもベシャメルソースがベチャッて……」

「どっちのせいよ! いたずらにも程があるでしょーが! 飲み込んだらどーすんのよ! こんな大事なものグラタンに混ぜちゃうなんて……!」

 額を押さえるきぃくんに、ミヤコさんは怒鳴りつけます。

「大丈夫! ミヤコさんは絶対飲み込まない!」

「なんで!」

「だってミヤコさんは錠剤とかカプセル飲み込むの苦手だから! 違和感に気付いてぺって出す!」

「その前におえってなるわ!」

「はわ~。僕なりのサプライズのつもりだったんだけどー……」

「そうでしょーね! こんなことする奴なんてあんたしかいないからね! そもそもあんたは──」

 いつもそういういたずらばっかして──と、クドクドクドクド、ガミガミガミガミ説教をするミヤコさん。

 だけどきぃくんはそんな説教などどこ吹く風。どこか満足顔でニコニコしています。

「……いや、そんな『大・成・功』みたいな顔されても。全然大成功してないからね」

 げんなりと肩を落とすミヤコさんに、きぃくんがいつの間にか拾っていた指輪を差し出しながら言うのです。

「はい! 結婚してくれなきゃいたずらしちゃうぞ!」

「まさかのハロウィンノリ!? ちょっと早いし! ってゆーかもうしちゃってるからね、いたずら! しちゃった後だから! 事後だから!」

「これがホントの既成事実!」

「あ?」

「ひえ」

 それでも尚、きゅぴっとポーズを決めるきぃくんにミヤコさんが凄み、それにひゅっと隠れるように肩を竦めるきぃくん。

 プロポーズだろうが婚約指輪の贈与だろうが、いつもの光景に変わりありません。

「は~~~~」

 それからどでかいため息をつきながら、ミヤコさんは受け取ったベシャメルまみれの指輪を見つめます。

(……あーあ、せっかくの指輪こんなになっちゃって。プラチナじゃん? しかもイニシャルまで丁寧に彫られてるのに……。結婚雑誌のカタログで見たことあるわ。あーあ、ムード台無し……トホホって感じだよ。大事な大事なプロポーズが、こんな異物混入という体を成すとは……)

「ふ……ふはははは」

 ミヤコさんは、いよいよ脱力して笑います。

「ミヤコさん笑い方が魔王」

「やかましい」

「あのね、ミヤコさん」

「あい?」

 きぃくんが、キリッと改まって膝を揃えます。

「今度帰省するでしょ?」

「ああ、今度の連休にね」

「その時、僕もついてっていいかな? ご両親にきっちりとご挨拶がしたいんだ」

「…………」

「僕を、幸せにしてくださいって」

「あん?」

「あ、いや、もちろんミヤコさんの幸せが最優先なんだけどぉ~、それはつまり僕もろとも幸せになるってことでぇ~。いっしょにね? うん、いっしょに幸せになるって意味では僕が幸せになりたい宣言でも──」

「………

 ………

 ………おっけー」

「え? ホントに?」

「うん」

 ぱぁぁと喜色に満ちる、きぃくんの顔。

 ──いたずら、大成功でいいよもう。あんたとなら、何があっても笑って乗り越えられる気がするから──。

 ミヤコさんは、そう思いました。

「きぃくん」

「ん?」

「コレ、一回洗ってきていいかな? ちゃんとつけたい」

「うん!」

「きぃくん」

「ん?」

「こんなことして……。一生覚えてなさいよ。私は一生忘れないからね」

「ひえ」

「それと、きぃくん」

「はい!」

「こんないたずら、絶対に他の子にしちゃダメよ」

「……うん!」

 プロポーズと牡蠣グラタンは、この後おいしくいただきました。


【end】

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