10月中頃のとある夜。

 ミヤコさんが仕事を終えて家に帰ると、きぃくんが晩ごはんを作って待っていたのです。

「きぃくんどうしたの!?」

 基本的に、料理をするのはミヤコさんです。きぃくんは料理があまり得意ではないので、ミヤコさんが残業の時はお惣菜を買ったりお気に入りのカフェ飯をテイクアウトしたりするので、こうしてきぃくんが一人で何かを作って待っていてくれるのは初めてのことでした。

 家の中はほかほか、キッチンはお鍋やまな板でぐちゃぐちゃです。

「『今日のご飯は僕が用意するからいいよ~』とは聞いてたけど……」

「うん! ミヤコさんに初めてのおもてなししてみました!」

 エプロン姿のきぃくん。テーブルにはもうもうと湯気の立ち上ったお皿に、クリーム色の──。

「牡蠣グラタンです!」

「なんですと!?」

 ミヤコさんは大仰に驚きました。

「初めての料理でいきなりグラタン? しかも牡蠣? レベル高いとこ攻めた……ってか、確かに牡蠣は英語で“R”の付く月が旬と言われてるし、今は10月、Octoberで……」

「まぁいーから食べて食べて、ミヤコさん!」

「お……おう」

 ぶつぶつ言いながらも、ミヤコさんは促されるままジャケットを脱いでうがい手洗いをして、ちょこんと牡蠣グラタンの前に座りました。向かいには同じようにきぃくんの分も用意されています。

 ベシャメルソースのいい匂いが鼻孔をくすぐり、食欲をかき立てます。

 ミヤコさんは「料理なんか滅多にしないきぃくんが、こんな風に食事を用意して待っててくれるなんて」と感動が込み上げます。

 しかも、ミヤコさんのグラタンの前にはフォークではなくスプーンが置いてありました。

 ミヤコさんは食べ方が豪快なので、グラタンを食べる時はいつもフォークでチクチク刺して食べるのではなく、スプーンですくって食べます。もちろん会食の時はきちんとフォークを使います。そんな豪快な姿をミヤコさんが見せるのは、きぃくんの前だけです。

 それをわかってくれているきぃくんの心配りにも、感動していました。

 貝殻みたいな形をしたグラタン皿。

 同棲一年目に、高円寺にあるオシャレなインテリアショップで二人で買ったものでした。

 牡蠣グラタンだけに貝殻のお皿を選ぶセンスもなかなかだと、ミヤコさんは感心します。