「うぅ…寒ぅ。」

学校からの帰宅途中。

ひんやりとした風がそよそよと心地よく吹く。

まだ17時半だというのにすっかり辺りは薄暗い。



夏の暑さを忘れずにいる私にとって、とても新鮮で気持ちがいい。

今年もこの季節がやってきた。


「…はぁ」

気持ちのいいはずの風に

自然とため息が漏れる。

「ほんと呆れちゃう…」

そう呟いて、今年もまた

あの時を思い出す。




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高3の冬。



受験を控えていた私は、

学習塾へ通っていた。

最後の追い込みということもあり、通常授業が終わった後も居残りで、夜遅くまで勉強をしていた。

「おっと、もうこんな時間だ。ほら、今日はもう帰りなさい。」

「えー先生まだわかんないとこだらけなんだけどぉー!あとちょっとだけ!お願い!」

「いや、今日はもう遅いし、親御さんも心配してるだろ。また今度いくらでも教えてやるから今日は帰りなさい。」

「…えぇー」

時刻は夜の11:45を回っていて

もう少しで明日を迎える時刻になっていた。




「あれ?お母さんまだかな?」

メールした迎えの時間になってもお母さんの車は見当たらない。

外はもうじっとしていると凍えるほどの寒さで、待っているのは耐えられず歩いて帰宅することにした。


歩き始めると冷たい気持ちのいい風が私を包み込む。


もう冬が来たのだと感じ、なんだかワクワクした。

塾から家までは歩いて15分程の距離だ。


道は人通りが少なく街灯もぼんやりとしていてなんだか怖い。


しかし、前にもこのくらいの時間に歩いて帰ったことがあるからそんなにも怖くなかった。


"プルルルル"

歩いていると突然電話が鳴った。

「あ、お母さんからだ。」



「もしもーし。」

『もしもし?冬架?今どこ?塾は終わったんでしょ?』

「うん、終わって、お母さん見当たらなかったし家すぐだし歩って帰ろうと思って歩いてるよ。」

『ごめんね、お母さんお仕事まだ終わらなくて。迎えいけないって連絡するの忘れちゃってたわ。』

「全然平気だよ、もうすぐ家つくから。」

『そう?じゃあ気をつけて帰れなさいね。お母さんもお仕事早く終わらせてなるべく早く帰るから。鍵は持ってるわよね?』

「うん、もってるから大丈夫。早く帰ってきてね。」

『はい、わかりました。じゃ、切るわよ。』

「はーい。」

私の家はお母さんと私の2人暮らし。

お母さんは一人で私を育ててくれたいわゆるシングルマザー。

お母さん1人で本当はとっても大変そうなのに、私は今まで不自由を感じた事は一回もなくて、塾にも通わせてくれて、大学進学も応援してくれている。


毎日夜遅くまで仕事をして、朝は早く起きてご飯を作ってくれている。


そんなお母さんにあまり心配はかけたくないし、負担をかけたくないから、家に1人でいるのは寂しいこともあるけど、そんなことは絶対言わない。

「あ、そうだ!今日は帰ったらご飯をつくっておいてあげよう♪」


何をつくろうか頭を悩ませていた。

そんな私は気づきもしなかったんだ…

忍び寄る影に。




"キィーーーー"

突然猛スピードで走ってきた車が私のすぐ横でキューブレーキをかけて止まった。

同時にドアが勢いよく開き、中から人が出ててきた。

私は驚きのあまり体が動かなかった。

「おねぇちゃん、おとなしくしててね。」

聞いたこともない低い声が耳元で囁き、全身に鳥肌が立つ。

強引に肩をつかまれ車に引きずり込まれそうになる。


"やめて!!!!"


そう言いたいのに声が出てこない。

"だれか…だれか助けて!!!"

なにを叫ぼうとしてもなぜか声がでなくて、涙が溢れ出す。


怖くて怖くてたまらなかった。


そんな私をよそに私は口を手で塞がれ、体も3人ほどの男に捕らえられていたため、抵抗しても歯が立たなかった。


「もぉ、おねぇちゃん、お利口にしててっていったじゃん。」

必死にもがく私は、力尽くで押さえられた。

「どーします、この子。」

「もーここでいーよ。」

出ない声を必死に出しながらも、聞こえてくるその会話に、自分の状況とこれから起きることがだんだんと理解できた。

案の定、3人の男に押さえられたままの私はトランクに押し倒された。

「大丈夫。もう、怖くないからねぇ。今お兄さんたちが気持ちよーくさせてあげるからねぇ。」

1人がそういうと、ほかの2人もケラケラと笑いながら私の体に触れてきた。

気持ち悪い。

だだそれだけの感覚しか記憶にない。


もう、何もかもが分からなくなり、

必死にもがいても、何の抵抗にもならなかった。


ただ一つだけ、



もうダメだとわかった。





もう抵抗する力はほとんどなくなっていた。


「なぁんだ、お利口にできるじゃん。」

その気持ち悪い声と体に触れる生ぬるい感触とともに私の意識は遠のいた…



………










スーっと冷たい風が吹く。

寒…


目を開くと目の前は真っ暗な空と綺麗な星が広がっていた。

「綺麗…」


あれ…

ここは外?


ふと起き上がると私の視界は綺麗な夜空から一瞬で現実へと戻された。

シンと静まり返る暗闇が目の前に広がっていた。




涙が溢れ出す。




…わたし…


もう、

帰れない。


何が起こったのか、数時間前の記憶が鮮明に思い出された。

あの後、何をされたかなんて覚えていないし、考えたくもないけれど、考えなくてもわかる。


そして、いまだに消えない気持ち悪い感覚がこれは夢ではないと私に知らしめる。


ー消えてしまいたいー


生まれて初めてそう強く思った。

こんな自分、

だれにも見られたくない。

自分でも見たくない。


こんなときに、お母さんの顔が浮かんだ。

私を一生懸命に育ててくれた優しいお母さん。

それなのに、私は…

もう、今までみたいにいられない。

汚れた私で生きられない。

ごめんねお母さん…






"バサッ"

突然、私の顔に何が覆いかぶさった。




心臓が止まるかとおもった。




「…早く服着ろ」


男の声…





また私の体はビクビクと震え始めた。


足音が近づいてくる。


「やめて!!!!!!!!だれか、助けて!!!!」


今度は大きい声がでた。


それでも近づいてくる足音。

逃げたいのに今度は足が動かない。


もうどうすることも出来ず、私に覆いかぶさった服を音のする方へ投げつけた。



「なに、馬鹿みてぇにでけぇ声出してんだよ。」




その瞬間、私の体にフワッと服が着せられた。


…暖かい…



私は驚いて顔を上げる。


そこには同じ目線でしゃがみ込む見知らぬ男。


私の体はビクッと反応した。



「俺は何もしねぇよ。」

そう言って、私の背中をトントンっと叩きながら立ち上がり、私から距離をとって彼も座り込んだ。

それからしばらく沈黙が続き、私はひたすら涙を拭っていた。


先に口を開いたのは彼だった。


「さっきまでなかったのに、星、出たな。」


私は、そっと視線を上に上げる。

そこには、綺麗な夜空が広がっていた。


そして、突然不思議なことをいう彼に目をやる。

暗くて顔がよく見えないが、空を見上げる彼の横顔はとても美しかった。


私は、思わず見入っていた。


「何?」


視線がバチッと交じり、私はすぐに目をそらした。

さっきまであんなに怖がっていた体も今は何もなかったかのように落ち着いていた。

そして、彼への恐怖心もいつの間にやらどこかへ消えていた。



「怖い?俺」

"怖くない… "そう言えばいいけど、私は無言で俯いたまま。

そんな私を見て彼は鼻で笑った。

そして、続けて話し続ける。

「聞きたいことないの?」

「…」

 

私が返事をすることはなく、また沈黙が続いた。

何も話さない私を問いただすこともなく、彼はその後は何も聞いてこなかった。


しばらくして沈黙を破ったのは、

私だった。



「…今、…何時ですか。」




彼は少し驚いた様子だったが、

「今、2時54分。」

と、即答した。


「帰らなくて平気ですか。」

「うん。」



「眠くないですか。」

「全然。」




「寒くないですか。」

「まー少し。」



なんとなく、気持ちも落ち着いてきた気がした。

さっきは何も聞きたいことはなかったし、喋りたくもなかったはずなのに、今は聞きたいことをすんなり聞くことができた。


「逆に聞きたいことあるんじないですか?」

今度は私が質問してみた。


「んーまぁなくは無いけど。それより、ちょっとこっち来い。」

彼は軽く手招きをした。


「…」


すんなり動かない私に少し呆れた顔をした。

彼はスッと立ち上がり、私の手を引いて立ち上がらせる。


そして、私はあることに気付いた。

ずっと座ってうずくまっていたからわからなかった。

「あ!!」

私はすぐさま座り込んだ。


「いーよ、もうとっくに見た。今更恥ずかしがんな。」


はだけた姿の自分に今まで気づかずにいた。

その自分の姿を見て、再び現実へと引きずり戻される。

何が起こったのか…改めて思い知らされた。



彼は自分の服をもう一枚脱いでまた私に投げつけた。

「やなら、それでどうにかしろ。」

そして、私の手を引いて歩き出した。




少しして見えてきたのは、見覚えのある小川だった。

普段は明るい時間に見ていた川も、夜になるとまた違う川に見える。


彼は私を水のそばまで連れてきて、しゃがみ込む。

「ん、そっちの手。」

手を出せという意味だろうが、私は言われるがまま手を差し出した。



「う、冷た。」

「うるせ、我慢してろ」


彼は、私の手をとり川の水を優しくかける。

「今度そっち」

私の手は見るからにアザだらけだった。

それを見るのも辛いが見られるのもいやだった。

しかし、彼は何も見えていないかのように、痛々しいアザには何も触れず、ただ優しく洗い流してくれた。


「足は自分でやれ。」

そう言って彼は立ち上がり私から少し離れた。

足にもいくつかアザがある。

手と同じような模様をしていて、強く掴まれたようなイヤな跡だ。


それを見ていると、また怖くて涙が出た。