イケメン不良くんは、お嬢様を溺愛中。

「なあ、この子すげえかわいくねぇ? ちょっとくらい、いいよな?」


ドアについた小さな窓から確認すると、犯人のひとりがニヤニヤしながら愛菜へと近づいていくのが見えた。

それを確認した瞬間、俺は頭に血が上って、作戦もへったくれもなく放送室に飛び込んでいた。


「――てめえ! 誰の女に手ぇ出してんだよ!」


俺は愛菜に馬乗りになろうとしていた犯人の襟をつかんで、背負い投げる。


「どあっ」


犯人が壁にぶつかるのを見届けることなく、俺は教室の隅に立てかけてあったホウキを握った。


「この野郎、よくもやりやがったな!」


怒鳴りながら襲いかかってきた犯人に、俺はふうっと息をついて精神統一する。

落ち着け、今度こそ愛菜を取り返さねぇと。

本来の目的を思い出し、静かに上段に構えたホウキを犯人の脳天目がけて振り下した。

そうして犯人を全員気絶させると、俺は後ろ手に縛られていた愛菜の縄を解いてやる。
「おい、なにもされてねぇだろうな?」

「うん、大丈……剣ちゃんっ、後ろ!」

愛菜が叫んだのと同時に、犯人のひとりが起き上がった。

とっさに愛菜を胸に抱き込んで横に転がるも、腕をナイフの刃がかすめる。


「っつう……」


俺は痛みをこらえながら、愛菜を突き飛ばして犯人から距離をとらせた。

その一瞬の隙を突くように、俺の背後に人が立つ気配がする。


「しまっ……」

「お嬢ちゃんを気遣ってる場合か?」

「ぐはっ」


俺は犯人に殴られて、床に倒れ込んだ。


「ガキのくせに、生意気なんだよ!」


俺の上に跨る犯人に、愛菜が叫ぶ。


「剣ちゃん! お願い、やめてっ」


愛菜が泣いてる。

そんな目に遭わせた犯人の男にも自分にも、無性に腹が立った。


「なめんな、俺は寝技も得意なんだよ……!」


俺は犯人の胸倉をつかんで、あっという間に体勢を逆転させると思いっきり殴る。


「ぐあっ、くそ……っ、あんなガキの言うことを真に受けるんじゃ……なかった……」


あんなガキ? 
なんのことだ?

大事なことを言わずに気絶した男に呆れつつ、疑問を振りはらって俺は立ち上がると愛菜の手を掴む。


「立てるか?」


声をかけると、愛菜は俺のワイシャツににじんだ血を青い顔で凝視していた。

俺のケガを気にしてんのか?
しょうもねぇことで、傷つきやがって。

俺は座り込んでる愛菜の頭に手を乗せる。


「大丈夫だ」


声をかけると愛菜は無言でうなずいた。

俺はその手を引いて、屋上に向かう。

念のため、放送室から拝借したホウキをつっかえ棒代わりにして、屋上の扉が開かないようにした。

扉を背に座り込むと、愛菜は震える手で俺の腕にハンカチを巻きつける。


「ごめんね、ごめんねっ」

ぽろぽろと涙をこぼしながら、愛菜は何度も俺の腕をさすった。

自分のことでは泣かねぇのに……。

他人のためなら泣くんだな、こいつ。

そう思ったら、目の前の小さな存在が急に愛しく思えた。

守ってやりたい。

そんな感情が底なしにあふれてくる。


「お前のせいじゃねぇだろ。わんわんうるせぇ、泣くな」


こういうとき、素直に慰めてやれない自分の性格がつくづく嫌になる。

俺は涙で濡れる愛菜の顔を、手のひらでゴシゴシとぬぐってやった。

すると、愛菜は俺の指をぎゅっと握る。


「私が……っ、ケガすればよかったのに。剣ちゃん、私と関わったからこんな目に遭って……」

全部しょい込むところは、こいつの悪いとこだな。

あと、怖いときに怖いって言えないところも、俺は人の感情を察するのが苦手だから困る。


「あー、面倒くせぇ」


けど、仕方ねぇ。

俺は愛菜に手を伸ばすと、どこにも逃げられないように腕の中に閉じ込めた。

抜けてるかと思えば、変なところで芯が強えし。

強いかと思えば、俺のためにすげぇ泣くし。

目が離せねぇ。

守りてぇって、思っちまうこの気持ちを……。

俺はもう、ごまかせねぇんだよ。

男どもにさらわれたときは心臓が止まるかと思った。

でも、こうして愛菜の温もりを感じたら、ようやくこいつを取り戻せたことを実感できた。


「お前がケガしたら、俺が助けに来た意味ねぇだろうが」

「剣ちゃんがケガしたって、私がひとりで人質になった意味がないよ」


やっぱりこいつ、学園の生徒のために自分を犠牲にしようとしたんだな。

俺を守ろうとか、100年早いんだよ。

俺はコツンッと愛菜の額に自分の額を重ねる。


「俺は男なんだからいいんだよ。だからお前は、おとなしく俺に守られてろ」

「剣ちゃん……」


愛菜は目を見開く。

その驚きの表情は、みるみるうちにくしゃくしゃに歪んでいき、愛菜は何度も口の開閉を繰り返して、告げる。


「ごめ……ううん、ありがとう」


涙目で微笑む愛菜に、胸がぎゅっと締めつけられる。

くそっ、なんだこれ。

自分の身体に起きた異常事態にとまどっていると、遠くでパトカーのサイレンの音がした。


もう大丈夫だな。

そう確信した俺は、泣きじゃくっている愛菜の頭を撫でながら声をかける。


「警察が犯人を確保するまでは、ここで身を隠すぞ」

「うん、わかった。あと……剣ちゃん、助けに来てくれてうれしかったよ」


腕の中で、ふわっと花が咲いたような笑顔を向けてくる愛菜を見た瞬間――。


かわいすぎんだろ。

近くで見ると、クリッとした二重の瞳やふっくらとした唇が否応なしに目に入って、心臓がやたら騒がしくなる。


「なっ……んだよ、急に」


なんとか返事はしたが、声が上ずった。

それにまったく気づいていない愛菜は、俺の下心なんて気づきもせずに見上げてくる。


「ちゃんと伝えておきたかったの。今も剣ちゃんがそばにいてくれるから、私は落ち着いていられてる。剣ちゃんといると、安心するんだ」


愛菜は人の気も知らないで、俺の胸に頬をすり寄せた。


「ぐっ」


なんなんだ、このかわいい生き物は。

こいつ、俺の忠告忘れてねぇか。

そんなうれしそうな顔ではにかみやがって、危機感がなさすぎなんだよ。

心の中で邪な感情をぶちまける。

理性なんてとっくに役立たずで、俺は一度触れてしまった愛菜の温もりを突きはなせない。

こいつを離したくないとか、わけわからねぇ。

ダメだと思いながらも、もう一度理性と闘った結果……。

俺は呆気なく負けて、愛菜をさらに強く抱きしめるのだった。

昨日の事件の影響で、学園は休校になった。

屋敷にいてもつまらないからと、私は乗り気じゃない剣ちゃんをなんとか説得して……。

ついに、剣ちゃんの通っていた“不良校”にやってきていた。

見上げた学校の外壁には、カラースプレーで【喧嘩上等!】【天下統一!】と書かれている。

おお……。
変わった芸術作品だなあ。

私はうずうずしながら、剣ちゃんの腕を引っ張る。


「ねぇねぇ剣ちゃん、このアート斬新だね!」

「は? アート?」


剣ちゃんは得体の知れないものを見た、みたいな顔をした。


「カラフルなペンキで、四字熟語を書き殴るなんて、普通じゃない! まさに天才の発想、ピカソ並みの才能を感じるよ!」

「お前のセンス、どうなってんだよ! それはただの落書きだ」


驚愕の表情を浮かべる剣ちゃんと一緒に校内に入る。

剣ちゃんは中を案内してくれているのだけれど、さっきから人っ子ひとりすれ違わない。


「あれ、今日って平日だよね?」


そう尋ねると、少し前を歩いていた剣ちゃんが振り返る。


「あ? そうだけど」

「そうだよね……。でもなんか、静かじゃない?」

「あー……まともに授業受けてるやつ、いねぇからな」

「え? 全校生徒が校外学習に行ってる……みたいな?」

「それはずいぶん大掛かりな校外学習だな」


んなわけねぇだろ、と言いたげな顔で、剣ちゃんはどんどん進んでいく。

すると、職員室に続く廊下に椅子の山が積み重ねられているのを発見した。


「わあ、すごい。あのオブジェ、誰の作品かな?」

「……あれはオブジェじゃねぇ。教師が入って来れねぇように、誰かが道をふさいだんだろ」


もはや宇宙人を目の当たりにしたような目で、剣ちゃんは私に説明してくれる。

私は見るものすべてが新鮮で、わくわくして……。


「剣ちゃん、モーツァルトの目に画鋲が刺さってる!」

「小学生みてぇなイタズラだな」

気づけば私は、剣ちゃんを質問攻めにしていた。

「あ、部活の勧誘のポスターがある!」


私は廊下の掲示板に駆け寄る。

黎明学園にも部活はあるけど、バイオリンやピアノ、書道やフェンシングといった品や教養を重視したものばかり。

でも、剣ちゃんの通っていた学校は違うみたい。


「えっと、【肉体強化部】に【サバイバル部】……? これって、なんの部活?」

「ろくなもんじゃねえから、お前は知らんでいい」

「えー、でも気になるなぁ」

「ざっくりまとめると、ケンカが強くなる部活だ。ほら、あんまりはしゃいでんなよ。行くぞ」


剣ちゃんは困ったように笑うと、私の手を引く。

最後に向かった先は体育館だった。

体育館に近づくにつれて、ボールが床をバウンドする音と笑い声が聞こえてくる。


「俺のダチだ。たいてい、ここでサボってんだよ」

「剣ちゃんのお友だち!? わぁっ、会えるの楽しみだなぁ」


わくわくしながら体育館に顔を出すと、剣ちゃんの友だちがバスケをしていた。


「おおっ、剣斗じゃん!」


すると、友だちのひとりが剣ちゃんに気づいた。

私たちはあっという間に、剣ちゃんの友だちに囲まれる。

緑のメッシュが入った銀髪に、まぶしいほどの金髪。

みんな髪が色とりどりだなあ。

あと、鼻ピアスはちょっと痛そう。

独創的なファッションの彼らに、私の好奇心はくすぐられまくりだ。


「剣斗の彼女か?」

「剣斗のくせにかわいい女捕まえやがって、生意気なんだよ。俺にも黎明学園の女の子、紹介しろ!」


友人たちにからかわれる剣ちゃんは「うるせぇ」と言いながらも、どこかうれしそう。


「こいつは俺と同じクラスの森泉愛菜だ。以上」


簡単に、私のことをみんなに紹介してくれた剣ちゃん。

みんなは「それだけかよ!」といっせいにツッコミを入れた。


「こいつのことは詮索すんな」

「なんだよ、剣斗にしてはガード固いじゃん。いつも彼女ができたって、嫉妬とかしねぇのに」

「彼女じゃねぇけど、手は出すな」

「ますます意外だな。付き合ってないのに剣斗が牽制するとか、愛菜ちゃん何者?」


剣ちゃんの友だち全員の視線が私に向けられる。

なんだか、尊敬の眼差しで見られている気が……。


「というか、剣ちゃん。どんだけ、彼女に興味がなかったの!?」


私は彼氏がいたことがないから、わからないけど……。

好きな人が別の異性と仲良くしてたら、嫉妬するものじゃないのかなぁ。

剣ちゃんは彼女が別の男の子と一緒にいても平気なの?

もし、私が剣ちゃんの彼女になっても……って!

私と剣ちゃんが付き合ってるていで妄想するなんて、どうかしてる。

ひとりで悶々としていると、剣ちゃんは不満げに私をチラッと見た。


「誰に対しても無関心なわけじゃねぇよ。特別気になる女には、自分でもどうかと思うくらい独占欲発揮するっつーの」


べーっと舌を出した剣ちゃんに、ドキッとする。

え、えっ、え!?
今のって、どういう意味でしょうか!

混乱している私なんてお構いなしに、素知らぬ顔をしている剣ちゃん。

さっきの発言の真意を説明してくれる気は、さらさらなさそうだ。


「おい剣斗、久々にやろうぜ」


友だちが剣ちゃんに向かって、ボールを投げる。

それを受け取った剣ちゃんは、いいか?と問うように私を見た。


「私も剣ちゃんがバスケしてるところ、見たいな」

「そーかよ。だったら、これ持ってろ」


剣ちゃんは上着を私に投げる。

それを預かって、私は友だちとバスケをする剣ちゃんを眺めた。


「剣斗、パス!」

「おう」


友だちからボールを受け取った剣ちゃんは、素早いドリブルでゴールに近づく。


「行かせるかよ!」


ディフェンスの男の子が前に立ちふさがるも、剣ちゃんはフェイントをして追い抜いた。


「もらった」


剣ちゃんは自信たっぷりに笑うと、ゴールを決める。

それに剣ちゃんのチームメイトたちは、歓声をあげる。

剣ちゃん、すごく生き生きしてる。

やっぱり、この高校にいたかったんじゃないかな。

そう考えて心が沈んでしまう私に、剣ちゃんが「おい」と駆け寄ってきた。


「一緒にやるか?」

「へ? む、無理だよっ」


自慢じゃないけど、運動神経だけは皆無な私。

絶対にチームの足を引っ張る。


「無理じゃねぇ、俺がいるんだから」


不敵に笑う剣ちゃんに手を引かれて、私は強制的に試合に参加することになった。


「愛菜ちゃん、パスするよー」


同じチームの男の子が私に向かって、ボールを投げる。

心の準備、できてないよっ。

あわあわしながらも、両手を伸ばす。

けれども、私はボールを顔面で受け止めてしまった。


「ふがっ」

「ええっ、愛菜ちゃん!? 大丈夫? ごめん、優しく投げたつもりだったんだけど……」


私にパスした男の子が申し訳なさそうに謝ってくる。

すぐに剣ちゃんも駆け寄ってきて、私の頬を両手で包むと顔を上げさせた。


「大丈夫か?」

「うん、痛いけど……ふふっ、ちょっと面白かった!」

「おいおい、能天気だな、ほんと」


笑っている私を見た剣ちゃんも、表情をゆるめる。

「つーかお前、鼻真っ赤」

「ええっ、やだ! 恥ずかしい」


両手で鼻を隠すと、剣ちゃんは意地悪く笑って私の手首をつかみ、顔から外させる。


「ぶはっ、トナカイみてぇでかわいいんじゃね? もっとよく見せろって」

「むうっ、いじわる!」


抵抗もむなしく、剣ちゃんの力にかなわなかった私は真っ赤な鼻をさらす羽目になった。

すると、剣ちゃんは笑いを噛み殺しながら私の鼻先を指でつつく。


「真っ赤なお鼻の~♪」

「歌わないで!」


私たちのやり取りを見守っていた剣ちゃんの友だちたちも、どっと笑いだす。

にぎやかな空気のなか……。

よりいっそう手加減してくれた剣ちゃんの友だちのみんなと一緒に、私はバスケを楽しんだ。

ひとしきり身体を動かしたあと、バスケを続けているみんなを横目に私は剣ちゃんと休憩する。


「久々に疲れたな」


体育館の床に転がった剣ちゃんの首筋には、汗が伝っていた。

私はポケットからハンカチを取り出すと、剣ちゃんの首や額をぬぐってあげる。

すると、ガシッと手首をつかまれた。


「んな簡単に、男に触んな」

「あ、嫌だった? ごめんね?」

「あー……そうじゃねぇ」


歯切れ悪く言ったあと、頬をわずかに染めた剣ちゃんは、ちょっぴり怒った様子で続ける。


「そうやってなんの警戒心もなく近づいてこられると、隙あらば自分のもんにしてぇとか、そう思っちまうもんなんだよ」

「え?」


それって、剣ちゃんもそう思ってるってこと?

そんな考えが頭をよぎって、ドキンッと心臓が跳ねる。

注がれる剣ちゃんの視線から、目がそらせない。


「一応、言っておく。俺が、じゃねぇぞ。男はそういう生きもんだって話だ」


慌てて付け加えたみたいな物言いだった。


「そ、そうなんだ……。でも、私は剣ちゃんに助けられてばかりだから、なにか恩返しがしたくて……」


つかまれたままの手首が熱い。

私はドキドキしながら、自分の気持ちを伝える。


「それで、ささいなことだけど、剣ちゃんの汗もふいてあげたいなって……ダメかな?」

「だから、そういうのがまずいって……はぁ。もう、勝手にしろ」


剣ちゃんは諦めたようにため息をつき、私からぱっと手を離した。


「では、失礼して」


私はその場で正座をして、頭を下げると剣ちゃんの汗をふく。

その間、剣ちゃんは視線をそらしたままだった。

やっぱり嫌だったのかな?

心配になって顔を覗き込むと、剣ちゃんはぎょっとした表情で目をむいた。


「おいっ、予告なしに人の顔を覗き込むな」

「ご、ごめん」

「で? なんだよ」


 片眉を持ち上げた剣ちゃんに、私はおずおずと切り出す。


「あの、私の気のせいだったら申し訳ないんだけど……。最近、目が合わなくて寂しいな……なんて」

「お前、いいかげんに――」


飛び起きた剣ちゃんがなにか言いかけたけれど、すぐに本日何回目かわからない盛大なため息をこぼす。


「記念物級の天然になにを言ってもムダだな。いいか? これから、俺以外の男は全員敵だと思え」

「ええっ、そんな無茶な……」

「こんな無防備で、警戒心のないお前が今まで襲われなかったのは奇跡だ、奇跡」


剣ちゃんの中の私は、よっぽどぼんやりしてるように見えるんだろうな。

苦笑いしていると、剣ちゃんの目が据わった。


「俺がボディーガードをやる以上、野郎どもには指一本触れさせねぇから、お前もお前で用心しろよ」


剣ちゃんは、いささか心配しすぎな気がする。

でも、必死だし……。
うん、ここは素直にうなずいておこう。


「は、はい……」


私の返事に満足した様子の剣ちゃんは、視線をバスケに夢中になっている友だちたちに向ける。

その懐かしそうな眼差しに、尋ねずにはいられなかった。


「みんなと一緒に卒業したかった?」

「まあな」

「そう、だよね」


もう剣ちゃんを解放するべきなんじゃないか。

そんな考えが頭に浮かび、知らず知らずのうちにうつむいてしまう。

すると、剣ちゃんに頬をつままれた。


「余計なこと考えんな。俺は今の生活も気に入ってる。そう思えるようになったのは、まあ……お前のおかげだ」

「本当に? 事件に巻き込まれたり、ケガしたり、それでもちゃんと剣ちゃんも学園生活楽しめてる?」


剣ちゃんは乱暴な態度ばっかりとってるけど、なんだかんだで優しいから……。

私に気を遣って、そう言ってくれてるんじゃないか。

そんな思いが頭をかすめて、不安でたまらなかった。


「私といるの、嫌になってない?」


祈るような気持ちで問い詰めると、剣ちゃんは呆れ交じりのため息をつく。


「嫌になってたら、お前のボディーガードなんてとっくにやめてるっつーの」

「……剣ちゃんはどうして、私のそばにいてくれるの?」


いくら自由と引き換えとはいえ、ナイフや拳銃を持った人に襲われたんだよ?

そんな危険続きで、普通の人ならボディーガードなんて降りてる。

それなのに、剣ちゃんの意思は初めから変わらない。
その理由が全然わからない。


「……さあな」


そっけなく言いはなった剣ちゃんは、ズボンのほこりを払いながら立ち上がると一歩前に踏み出した。


「俺自身、まだはっきりとはわからねぇけど……」


言葉を切った剣ちゃんは足を止めて、私を振り返る。

その真摯な眼差しに、心臓が静かに跳ねた。


「俺の力の使いどころってやつが、たぶんお前のそばにある気がする」


なんだろう。
この全身の血が沸騰するみたいな、ずっと息を潜めていた感情が目覚めるみたいな感覚は。


「誰かを守る意味とか、強さの意味とか、お前といれば、見つけられる気がすんだよ」


意味深な言葉を残して、剣ちゃんは友だちのもとへ戻ってしまう。

その背中を見送りながら、私は鳴りやまない胸をそっと両手で押さえていた。



午後3時、剣ちゃんの高校を出た私たちは屋敷までの道のりを肩を並べて歩く。


「今日はありがとう、剣ちゃん」


改めてお礼をすると、剣ちゃんは私をチラリと見た。


「あ? なにが」

「剣ちゃんの大事な人たちに会わせてくれたでしょ? 私を内側に入れてくれたみたいで、うれしかったの」

「内側?」

「うん、剣ちゃんってどこか一匹狼みたいなところあるから、誰かを頼ったりしなさそうっていうか……。あんまり、自分のことを話したりしないでしょ?」

「あぁ、面倒だからな」

「ふふっ、でも……今日は剣ちゃんのことをたくさん知れたから」


心を許した友だちの前だと、どんな顔で笑うのか。

バスケがすごくうまいこと。

ゴールを決めたときの剣ちゃんがものすごくかっこいいこと。

そのどれもが私にとっては、うれしい発見だった。