イケメン不良くんは、お嬢様を溺愛中。





「しみる?」


帰宅して早々に、私はリビングルームで剣ちゃんのケガの手当てをしていた。

頬の擦り傷をピンセットに挟んだ綿球で消毒していると、どんどん視界がぼやけている。

あれ、おかしいな。
助かったのに、どうして涙が出てくるんだろう。

自分でも理由がわからなくて、消毒していた手が止まる。

そんな私に気づいた剣ちゃんがため息つく。


「ケンカばっかしてたときは、これ以上にすげぇケガしてたし、大したことねぇ。だから泣くな、うっとうしい」


剣ちゃんは困ったような顔をして、乱暴に私の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。

私はたまらず、その手を取って自分の頬にくっつけた。


「剣ちゃんにとっては大したことなくても、私にとっては一大事みたい」

「あ?」

「私、剣ちゃんが傷つくと涙が出ちゃうみたい」


 この体温を失ってしまったらと思うと、たまらなく怖いっ。

ズズッと鼻をすすれば、剣ちゃんは目を丸くした。

それからしばらく沈黙が下り、やがて剣ちゃんは私をそっと抱きしめる。


「お前も災難だな。政治家の娘じゃなきゃ、もっと安全に普通に暮せたってのに」


そうかもしれないけど……。

お父さんの娘じゃない自分なんて、想像できない。

私は剣ちゃんの腕の中で、顔を上げる。


「私はお父さんの娘に生まれてきたこと、誇りに思ってるよ。だからどんな危険な目に遭ったとしても、お父さんの子どもになれたことを後悔したりしない」


凛と胸を張って答えると、剣ちゃんは目を見張った。


「お前、そういう顔もするんだな」

「そういう顔って?」

「迷いがねぇっつーか、怖い思いすげぇしてるはずなのに、凛としてるっつーか。……まあ、その、なんだ」


後頭部に手を当てながら、剣ちゃんは視線をさまよわせると、チラッと私を見る。


「……かっこいいんじゃねぇの」


私、褒められてる?

もごもごと答える剣ちゃんに首をかしげていると、ムッとした顔をされた。


「あんま、こっち見んな」

「え、なんで!?」

「なんでも、だ」


剣ちゃんは私の頭を押さえて、強制的に下を向かせる。

その拍子に、剣ちゃんの頬が赤くなっていたのを見てしまった。

なんでか、照れているみたいだ。

わかりずらいけど、私のことを認めてくれているのはわかる。

ありがとう、剣ちゃん。

心の中で感謝しながら、私は剣ちゃんの傷口にガーゼを当てて、テープで固定した。

「剣ちゃん、もうひとつね。私がこの家に生まれてよかったって、そう思える理由があるんだ」


改まって切り出したからか、不思議そうにしている剣ちゃんに私はニッコリと笑う。


「政治家の娘じゃなかったら、剣ちゃんとも出会えてなかったかもしれない」


私は剣ちゃんの頬のガーゼに、そっと指先で触れる。


「だから私は、普通の女の子が送るような平和な日常が送れなくてもいいんだ。剣ちゃんと巡り合わせてくれた境遇のすべてが、私の宝物!」

「お前……やっぱすげぇな」


剣ちゃんは「参った」とこぼしながら、ガーゼに触れている私の手を包み込むように握る。


「か弱い女のはずなのに、ときどき……目が離せねぇほど、お前が強く輝いて見えんだよ」


剣ちゃんの眼差しが熱を持っている気がした。

見つめられていたいのに、居心地が悪い。

相反する感情に心がかき乱されていると、剣ちゃんは私の動揺に気づいたのか、話題を変える。


「お前は、親父さんみてぇに政治家になんのか?」


恥ずかしさをごまかすためか、剣ちゃんの口調はぎこちない。

私も赤くなってるだろう顔を隠すようにうつむきながら、しどろもどろに答える。

「わ、私は……世の中を変えたいって願ってる、お父さんの力になりたいんだ」

「考えてんだな、いろいろ」

「でも、その方法がまだ明確には見つかってないんだけどね。だから、まだまだっていうか……」


口先ばっかで情けないな。

肩をすくめて苦笑いすると、剣ちゃんは目を細めてかすかに唇で弧を描く。


「そんなことねぇよ」

「剣ちゃん……」

「危険な目に遭ってんのに、それでも親父さんの力になりてぇって気持ちを見失わないだけでも十分だ」


今できることをとりあえずやってきた。

そんな私を認めてくれたようで、心に光が灯る。


「ありがとう、うれしい」


ありきたりな言葉だけじゃ足りなくて、はにかめば……。


「そうかよ」

剣ちゃんは照れくさいのか、そっけなく返事をしてそっぽ向いてしまう。

今なら、剣ちゃんの将来のことも聞けるかな?

和やかな空気に背中を押されて、私は思い切って尋ねる。


「剣ちゃんは、今もまだお父さんと同じ警察官にはなりたくないって思ってる?」


その話題に触れたとたん、剣ちゃんの顔が強張る。

怒らせちゃったかも……。

ハラハラしながら見つめていると、剣ちゃんはゆっくりと絞り出すような声で話し出す。


「……俺は親父と同じ道だけは、ぜってぇに進まねぇ」

「そっか……うん。剣ちゃんの未来は剣ちゃんのものなんだから、好きに生きていいと思うよ」


なにか、考えるところがあるんだと思う。

私も政治家の娘だから政治家になってほしいって、そう期待されることがないわけじゃない。

その期待が私の本当にしたいことを曇らせてしまって、自分の気持ちがはっきり見えなくなる苦しさ。

それを知っているからこそ、剣ちゃんの葛藤は少しだけ理解できた。


「俺に親父と同じ警察官になることを期待するやつらは大勢いたけど……」


剣ちゃんは、私の頬を宝物に触れるみたいにさする。


「別の道を歩いてもいいって言ってくれたのは、お前だけだ。やっぱ、変な女だな」


言葉遣いはひどいのに、声は果てしなく優しい。

少しだけ雰囲気が柔らかくなった剣ちゃんに、私もいつの間にか居心地のよさを感じていた。

パーティーの一件から数日後。

学園の昼休みに愛菜と萌、学と一緒にランチルームでご飯を食べていたときだった。


『黎明学園の生徒の皆さん、あなた方は今から我々が身代金をいただくための人質です』


突然かかった放送に、向かいの席にいた萌が牛乳を噴きだす。


『そこを動かないでください。従わなければ、命の保証はできませんので、お忘れなく』

「父さん……理事長は今日、学園を留守にしている。その隙を狙って、バカなやつらが忍び込んだか。警備に問題があるようだな」


眼鏡を人差し指で押し上げながら、冷静に状況を分析する学に俺は顔を引きつらせた。


「お前、冷静すぎるだろ」

「この学園は資産家や著名人の子どもばかりが集まるんだぞ。金銭目的に事件を起こすには絶好の場所だ。珍しいことでもない」


冷静な学とは反対に、萌はあわあわと腰を上げたり座ったりを繰り返す。


「どどどっ、どうしよう! 逃げないと!」


ほかの生徒たち同様に慌てだす萌の口に、学はミートボールを突っ込んで黙らせた。


「んぐっ……うう」

「声が大きい、静かにしないか」

そう言って学は立ち上がり、生徒たちに声をかける。


「みんな、落ち着くんだ。犯人の目的は身代金。金を得るまでは俺たちの命まではとらない。ここでおとなしく、警備員が警察に通報するのを待とう」

生徒会長の指示だからか、みんなはひとまずうなずいてランチルームに待機する。

さすが、生徒会長。

だてに800人近くいる全校生徒をまとめてるわけじゃねぇんだな。

学の冷静さと人望の厚さに感心していると、ふいに愛菜が静かなのが気になった。

もしかして、怖いのか?

隣を見ると、愛菜は意外にも取り乱すことなく静かに座っている。

そういやあ、こいつ……。

今までも危険な目に遭ったとき、泣き叫んだりしなかったよな。

それに驚いていると、ランチルームに犯人と思われる男の集団がやってくる。

それは数日前にパーティー会場で見た、黒ずくめの男たちと同じ身なりだった。

狙いは愛菜かもしれない。


「お前は顔を伏せてろ」


愛菜の頭を自分の膝の上に押し付けるようにする。

犯人たちは生徒の顔を順番に眺めるようにして、ランチルーム内を歩き回り、愛菜に目をつけた。


「森泉の娘だな。こちらへ来い」

「離せ!」


くそっ、やっぱりこいつが狙いか。

俺は乱暴に愛菜の腕をつかむ男を突き飛ばそうとした。

けれど、膝の上に愛菜がいることを忘れていた俺はうまく立ち上がれず、犯人に殴られる。


「ぐっ」

「剣ちゃん!」


愛菜の泣きそうな悲鳴が床に転がった俺の耳に届く。

……ったく、俺より自分の心配しろよ。

犯人たちに囲まれて、殴られそうになっている俺を目の当たりにした愛菜は、自分の腕をつかんでいる犯人の顔を凛と見上げた。


「あなたたちと行きます。だから、ほかのみんなは解放してあげください」

……は?
あいつ、なに言ってんだよ。

俺はさっと血の気が失せていくのを感じながら、身体を起こそうとした。

でも、すぐに犯人のひとりに気づかれて、背中を容赦なく踏みつけられる。


「ぐはっ」

「や、やめて! 剣ちゃんに、ひどいことしないでっ」


愛菜は聞いてるこっちが苦しくなるほど、痛みをこらえたような声で叫ぶ。

そんな愛菜に犯人は淡々と告げる。


「それを聞く義理はない。俺たちに命令できる立場にはないんだよ、お嬢ちゃん」

「こ、これは命令じゃなくて、ア、アドバイスです。人質が多すぎると、あなたたちも動きにくくないですか?」


声を震わせながらも、愛菜は説得を重ねる。


「これだけの生徒の動きを一度に見張っていられますか? どのみち、あの放送をした時点でこの学園の警備員が警察に通報していると思います」

「それは、そうだが……」


落ち着いた愛菜の言葉に、初めて犯人が動揺を見せた。

それを好機だとばかりに、愛菜は畳みかけるように言う。


「私が目的なんですよね?」

「ああ、お前の親はクリーンなんだろ? いちばん金を弾んでくれそうだしな」

「そうですね。身代金を手に入れて、逃げるための人質を確保するなら、私ひとりで十分だと思います。暴れたり逃げたりしませんから、どうぞ連れていってください」


おいおいおい。

なんで自分から、進んで人質になろうとしてんだよ。

自分を犠牲にすることをいとわない愛菜の正義感に、俺の胸には焦りとイラ立ちがわきあがる。

お前が傷ついてまで、矢面に立つ必要ねぇだろ。

お前が無事じゃなきゃ、本当の意味で誰かを守れたとは言えねぇんだぞ。

ちゃんと、わかってんのかよ?


「待て、愛――」

「大丈夫。私は大丈夫だよ」


俺の言葉をさえぎって笑う愛菜に、頭が真っ白になる。

本当は怖いくせに……。

あいつは今、俺を安心させるためだけに笑ってる。

あの細い身体のどこから、わき上がってくるんだか。

愛菜の心の強さに胸を打たれた。

絶対に行かせねぇ。

俺は背中を踏みつける男の足をつかんで転ばせると、愛菜に向かって走る。


「おっと、だれが動き回っていいって言った?」


愛菜のことしか目に入っていなかったせいで、俺は別の男たちに羽交い締めにされた。

それを振り払おうとしたがかなわず、俺は叫ぶ。


「くそっ、離せよ!」


そうやって犯人ともみ合っている間に、愛菜は連れていかれてしまった。



ランチルームに残された生徒たちは、愛菜の取引に応じた犯人たちによって学園の外に出られることになった。

俺が取り乱したせいだ。

あいつが奪われると思っただけで、冷静でなんていられなかった。

無力だった自分自身に、どうしようもなく怒りがわく。


「おい、矢神」


犯人に先導されながら、列になって昇降口に向かっていると学が小声で話しかけてきた。


「森泉のナイトなんだろ、これからどうするつもりだ」

「俺は校内に残る。あいつ、天然かと思いきや意外と行動力あるからな。そばで見張ってねぇと無茶すんだろ」

「違いないな。なら、俺たちにまかせろ。その機会を作ってやる。花江」


学は萌をちらりと見る。

その視線を受けた萌はツインテールを揺らしながら小首を傾げた。

「うん、なにかな?」

「腹痛で苦しめ」


突拍子もない命令に、萌は少しも反論することなく敬礼する。


「了解しました、閣下! あいたたたたっ」


さっそくお腹を押さえてしゃがみ込む萌に、犯人たちの意識が向いた。

そのわざとらしい演技に、学は冷ややかな顔をする。


「とんだ大根役者だな。まあいい、今のうちに離れろ」


学が俺にそう耳打ちする。

俺は小さくうなずくと萌と学が作ってくれた隙を利用して、犯人の目をかいくぐり、愛菜のもとへ走る。

愛菜、どこにいるんだよ。

早く駆けつけなければと思うほど、足取りは早くなる。

考えろ、あいつの居場所を……。

俺は焦りながらも、思考を働かせる。

人質を確保しても、いつ警察が乗り込んでくるかわからない状況で学園内をうろうろ歩き回ったりはしねぇだろ。

なら、犯人たちはこの学園の中でも最初に侵入に成功した場所に行くんじゃねぇか?


「つーことは、放送室か!」


答えを導き出した俺は階段を駆け上がって、放送室がある階にやってくる。

すると案の定、これからどう逃げ出すか話し合っている犯人たちの声が聞こえてきた。

俺は放送室前の廊下の壁に背をつけると、こっそり中の状況を確認する。

どうやって、あいつを助ける?

はやる気持ちを深呼吸で落ち着けて、俺が策を練っていると……。


「なあ、この子すげえかわいくねぇ? ちょっとくらい、いいよな?」


ドアについた小さな窓から確認すると、犯人のひとりがニヤニヤしながら愛菜へと近づいていくのが見えた。

それを確認した瞬間、俺は頭に血が上って、作戦もへったくれもなく放送室に飛び込んでいた。


「――てめえ! 誰の女に手ぇ出してんだよ!」


俺は愛菜に馬乗りになろうとしていた犯人の襟をつかんで、背負い投げる。


「どあっ」


犯人が壁にぶつかるのを見届けることなく、俺は教室の隅に立てかけてあったホウキを握った。


「この野郎、よくもやりやがったな!」


怒鳴りながら襲いかかってきた犯人に、俺はふうっと息をついて精神統一する。

落ち着け、今度こそ愛菜を取り返さねぇと。

本来の目的を思い出し、静かに上段に構えたホウキを犯人の脳天目がけて振り下した。

そうして犯人を全員気絶させると、俺は後ろ手に縛られていた愛菜の縄を解いてやる。
「おい、なにもされてねぇだろうな?」

「うん、大丈……剣ちゃんっ、後ろ!」

愛菜が叫んだのと同時に、犯人のひとりが起き上がった。

とっさに愛菜を胸に抱き込んで横に転がるも、腕をナイフの刃がかすめる。


「っつう……」


俺は痛みをこらえながら、愛菜を突き飛ばして犯人から距離をとらせた。

その一瞬の隙を突くように、俺の背後に人が立つ気配がする。


「しまっ……」

「お嬢ちゃんを気遣ってる場合か?」

「ぐはっ」


俺は犯人に殴られて、床に倒れ込んだ。


「ガキのくせに、生意気なんだよ!」


俺の上に跨る犯人に、愛菜が叫ぶ。


「剣ちゃん! お願い、やめてっ」


愛菜が泣いてる。

そんな目に遭わせた犯人の男にも自分にも、無性に腹が立った。


「なめんな、俺は寝技も得意なんだよ……!」


俺は犯人の胸倉をつかんで、あっという間に体勢を逆転させると思いっきり殴る。


「ぐあっ、くそ……っ、あんなガキの言うことを真に受けるんじゃ……なかった……」


あんなガキ? 
なんのことだ?

大事なことを言わずに気絶した男に呆れつつ、疑問を振りはらって俺は立ち上がると愛菜の手を掴む。


「立てるか?」


声をかけると、愛菜は俺のワイシャツににじんだ血を青い顔で凝視していた。

俺のケガを気にしてんのか?
しょうもねぇことで、傷つきやがって。

俺は座り込んでる愛菜の頭に手を乗せる。


「大丈夫だ」


声をかけると愛菜は無言でうなずいた。

俺はその手を引いて、屋上に向かう。

念のため、放送室から拝借したホウキをつっかえ棒代わりにして、屋上の扉が開かないようにした。

扉を背に座り込むと、愛菜は震える手で俺の腕にハンカチを巻きつける。


「ごめんね、ごめんねっ」

ぽろぽろと涙をこぼしながら、愛菜は何度も俺の腕をさすった。

自分のことでは泣かねぇのに……。

他人のためなら泣くんだな、こいつ。

そう思ったら、目の前の小さな存在が急に愛しく思えた。

守ってやりたい。

そんな感情が底なしにあふれてくる。


「お前のせいじゃねぇだろ。わんわんうるせぇ、泣くな」


こういうとき、素直に慰めてやれない自分の性格がつくづく嫌になる。

俺は涙で濡れる愛菜の顔を、手のひらでゴシゴシとぬぐってやった。

すると、愛菜は俺の指をぎゅっと握る。


「私が……っ、ケガすればよかったのに。剣ちゃん、私と関わったからこんな目に遭って……」

全部しょい込むところは、こいつの悪いとこだな。

あと、怖いときに怖いって言えないところも、俺は人の感情を察するのが苦手だから困る。


「あー、面倒くせぇ」


けど、仕方ねぇ。

俺は愛菜に手を伸ばすと、どこにも逃げられないように腕の中に閉じ込めた。

抜けてるかと思えば、変なところで芯が強えし。

強いかと思えば、俺のためにすげぇ泣くし。

目が離せねぇ。

守りてぇって、思っちまうこの気持ちを……。

俺はもう、ごまかせねぇんだよ。

男どもにさらわれたときは心臓が止まるかと思った。

でも、こうして愛菜の温もりを感じたら、ようやくこいつを取り戻せたことを実感できた。


「お前がケガしたら、俺が助けに来た意味ねぇだろうが」

「剣ちゃんがケガしたって、私がひとりで人質になった意味がないよ」


やっぱりこいつ、学園の生徒のために自分を犠牲にしようとしたんだな。

俺を守ろうとか、100年早いんだよ。

俺はコツンッと愛菜の額に自分の額を重ねる。


「俺は男なんだからいいんだよ。だからお前は、おとなしく俺に守られてろ」

「剣ちゃん……」


愛菜は目を見開く。

その驚きの表情は、みるみるうちにくしゃくしゃに歪んでいき、愛菜は何度も口の開閉を繰り返して、告げる。


「ごめ……ううん、ありがとう」


涙目で微笑む愛菜に、胸がぎゅっと締めつけられる。

くそっ、なんだこれ。

自分の身体に起きた異常事態にとまどっていると、遠くでパトカーのサイレンの音がした。


もう大丈夫だな。

そう確信した俺は、泣きじゃくっている愛菜の頭を撫でながら声をかける。


「警察が犯人を確保するまでは、ここで身を隠すぞ」

「うん、わかった。あと……剣ちゃん、助けに来てくれてうれしかったよ」


腕の中で、ふわっと花が咲いたような笑顔を向けてくる愛菜を見た瞬間――。


かわいすぎんだろ。

近くで見ると、クリッとした二重の瞳やふっくらとした唇が否応なしに目に入って、心臓がやたら騒がしくなる。


「なっ……んだよ、急に」


なんとか返事はしたが、声が上ずった。

それにまったく気づいていない愛菜は、俺の下心なんて気づきもせずに見上げてくる。


「ちゃんと伝えておきたかったの。今も剣ちゃんがそばにいてくれるから、私は落ち着いていられてる。剣ちゃんといると、安心するんだ」


愛菜は人の気も知らないで、俺の胸に頬をすり寄せた。


「ぐっ」


なんなんだ、このかわいい生き物は。

こいつ、俺の忠告忘れてねぇか。

そんなうれしそうな顔ではにかみやがって、危機感がなさすぎなんだよ。

心の中で邪な感情をぶちまける。

理性なんてとっくに役立たずで、俺は一度触れてしまった愛菜の温もりを突きはなせない。

こいつを離したくないとか、わけわからねぇ。

ダメだと思いながらも、もう一度理性と闘った結果……。

俺は呆気なく負けて、愛菜をさらに強く抱きしめるのだった。

イケメン不良くんは、お嬢様を溺愛中。

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