「なるべく普段通りの生活をさせてやりたい。そのために、俺がいる」
初めて、聞く話だった。
剣ちゃんは、私が思っている以上に私のために動いてくれてたんだ。
目を丸くする私と、苦り切った顔をする剣ちゃんを交互に見たディオくんは、ニヤリと笑った。
「これも愛ということですね」
その言葉に剣ちゃんの顔が真っ赤になる。
「てめぇ、調子に乗って勝手なこと言ってんなよ」
必死な形相の剣ちゃんとは対照的に、ディオくんは澄ました表情で続ける。
「ひとつアドバイスですが、学園内でこんなことが起こるということは、やはり学園内に手引きする関係者がいます。もしかしたら身近な人かもしれませんよ」
身近な人……。
頭に浮かぶのは、雅くんの顔だった。
「そのあたり、人の動きに注意することですね」
ディオくんの鋭い指摘に、私は圧倒される。
さすが王子様というか、ディオくんって単なる女の子好きってことでもないのかも。
そんなことを考えていたら……。
「王子ーっ」
深刻な空気を変えるような萌ちゃんの明るい声が、辺りに響く。
「また留学に来てね?」
萌ちゃんは瞳をうるうるさせながら、別れを惜しんでいた。
「もちろんです、萌。今度は私の国に招待しますから、遊びに来てくださいね」
萌ちゃんの手を取って、キスをするディオくん。
見かねた学くんは萌ちゃんの首根っこをつかむと、後ろにべりっとはがす。
「王子も相変わらずだな……とにかく、気をつけて帰ってくれ。今度来る際はちゃんと日本の文化を予習し、むやみやたらに女子に触れないように」
「ううっ、閣下~っ。胸キュンの欠片もない助け方!」
「俺に胸キュンを求めるのが、そもそもの間違いだ」
ばっさりと切り捨てる学くんも相変わらずだ。
そんな当たり前の光景。
ディオくんがいることがいつの間にか自然になっていて、だからこうして別れるのはやっぱり悲しかった。
それは剣ちゃんも同じだったらしい。
「一ヶ月って意外と早いんだな」
「うん、そうだね……」
私たちはリムジンの前に立つディオくんを寂しい気持ちで見つめる。
「また……また、みんなでくだらない話をして、家のこととか立場とか関係なしに思ったことを言い合って、そんな時間を過ごそうね。絶対、約束だよ」
私はディオくんに小指を突きだす。
「これは?」
「指切りっていうの。こうして小指を絡めて約束して、嘘ついたら針千本飲ーます!」
私は歌いながらディオくんの手を揺らす。
「指切った」
そうして最後に指をはなすと、ディオくんは自分の小指に視線を落とす。
「なんというか……怖いおまじないですね! この約束、なんとしても守らなければならない気がしてきます!」
弾けたように笑うディオくんに、みんなの顔にも笑顔が伝わっていく。
「愛菜」
ディオくんは私の小指をもう一度つなぎ直して、軽く自分のほうへ引っ張る。
「え? ディオくん?」
「ますます、愛菜のことを諦められなくなりました。このまま、私と一緒に来ませんか?」
「ええっ」
いたずらっぽく目を輝かせ、本気とも冗談ともとれる優雅な笑みを浮かべるディオくん。
パチパチと目を瞬かせていると、お腹に腕が回って後ろに引き寄せられる。
とんっと背中に当たった感触で、私を抱きしめているのは剣ちゃんだとわかった。
「行かせるわけねぇだろうが」
「仕方ないですね。では、絶対にまた会いに行きます。覚悟していてくださいね、剣斗」
「返り討ちにしてやっけどな」
不敵に笑い合うふたりに、なぜか微笑ましい気持ちになったのはきっとみんなも一緒。
エレベーターに閉じ込められたことがきっかけで、剣ちゃんはディオくんとよきライバルみたいな関係になったみたい。
私もディオくんがいたからこそ、剣ちゃんとどんな壁も乗り越える覚悟ができた。
感謝してもしたりない。
私たちにとって、大事な友だちだ。
バイバイするのは寂しいけれど、絶対また会おうね。
きっと近いうちに来るだろう再会の日を信じて、私たちは遠ざかるリムジンを見送った。
ディオくんが帰国してから3日後。
私たちは校外学習で美術館にやってきた。
「俺にはこの壺の価値がわからねぇんだけど」
剣ちゃんはショーケースを覗き込んで、ムンクの『叫び』のような顔が描かれた壺を見ると興味なさげな顔をする。
「ふふっ、そうかな? 私はかわいいと思うけどな」
私は笑いながら、剣ちゃんの腕に抱きつく。
すると剣ちゃんはぎょっとした顔をする。
「は? これがかわいいって、お前どういう趣味してんだよ」
「前に描いた花の絵でもわかっただろう。森泉の美的センスにはいささか問題がある」
一緒に回っていた学くんが同じように壺を見て、渋い表情をしていた。
でも、萌ちゃんだけは味方だった。
「世の中にはキモかわいいってジャンルもあるくらだし、気持ち悪いも一周回るとかわいい的な?」
「言っている意味が理解できないんだが」
萌ちゃんと学くんのコントさながらの会話を聞きながら、ここにディオくんがいたらもっと楽しいのに、なんて考えて美術品を見て回っていると……。
――ジリリリリッ。
館内にけたたましいベルが鳴り響き、生徒やほかのお客さんたちも何事だと騒ぎ出す。
「美術品を誰かが持ち出そうとしたのか? 念のため、お客様を外に避難させよう」
学芸員たちがそう話しているのを見ていると、ふいに右手に温もりを感じた。
「愛菜」
手をつないできた剣ちゃんに、私もしっかり握り返す。
「ひとまず、俺たちは教員の指示を仰いだほうがよさそうだな」
学くんは萌ちゃんの首に腕を回して保護すると、私たちを先導するようにあらかじめ決められていた集合場所に向かう。
でもその途中、通路の観葉植物の影から飛び出してきた何者かにいきなり剣ちゃんが殴られた。
「がはっ」
不意をつかれた剣ちゃんの身体が横に吹き飛び、手が離れてしまう。
「剣ちゃん!」
私は剣ちゃんに駆け寄ろうとした。
けれど、それを阻止するように背後から腕を引っ張られる。
「いやっ」
腕を振り払うように暴れながら、振り向くと――。
「俺と行こう」
「雅くん!?」
笑っているのに、ちっとも楽しそうじゃない雅くんがそこにいた。
有無を言わせない目つきで私の腕をつかんでいる雅くんの周りには、学園で見かけた生徒の姿がある。
ざっと数えて15人くらいだろうか。
剣ちゃんを殴ったのは、この人たち?
だとしたらなんで、そんなことを……。
どうして、雅くんに従ってるの?
「安黒雅、どういうつもりだ。それに協力しているお前たちも、このようなマネをしてただではすまないぞ」
学くんは倒れ込んだ剣ちゃんの背を支えて、雅くんたちに厳しい目を向けた。
けれども、雅くんは学くんの存在には気にも留めずに、私を引きずるようにその場を離れようとする。
「クソが……」
剣ちゃんは切れた口の端を拳でぬぐうと、私に向かって走ってきた。
「愛菜!」
「剣ちゃん!」
私は手を伸ばすものの、雅くんに従う生徒たちに阻まれて剣ちゃんの姿が見えなくなる。
「必ず迎えにいく、待ってろ!」
剣ちゃんの声が聞こえて、私も精一杯応える。
「うん……うんっ、必ずだよ!」
胸に宿った剣ちゃんの言葉に励まされながら、私は雅くんの背中に訴えかける。
「雅くん、こんなことやめて!」
「きみのこと、手に入れるって言ったでしょ。おとなしくしててよ。でないと……」
雅くんはつかんでいた私の手をさらに強く握る。
「痛っ……」
骨が折れるんじゃないか。
肌に食い込んだ爪が刺さってるんじゃないか。
そう錯覚するほどの痛みだった。
「今ここで、どうにかしちゃうよ?」
冷たい声にひるみそうになる心を叱咤して、私は痛みをこらえながら訴える。
「こんなことしても、剣ちゃんがすぐに止めるよ。お願い、今からでも……」
「剣斗くんが強いのは知ってるよ。けど、人数には勝てない。あの場で戦えるのは、彼だけだろうから」
私の言葉をさえぎった雅くんは、こちらを少しも振り返ることなく【世界の装飾品】という看板が立っている展示ブースに入っていく。
先ほどのベルのせいか、あたりに人はひとりもいなかった。
「さあ、この中に入って」
雅くんに促されたのは、黒薔薇が敷き詰められたショーケース。
人間ひとりなら、余裕で入りそうな大きさだ。
「この薔薇……まさか、私の下駄箱に薔薇を入れたのは雅くんだったの?」
「そうだよ。それからきみを迎えに行くってメールも、金で雇った男たちに何度もきみをさらわせたのも俺」
悪びれもせずに犯行を自供した雅くんは、少しがっかりしたように肩をすくめる。
「きみなら、もうわかってるものだと思ってたけど……ああ、わかってても信じたくなかった? きみ、吐き気がするくらいお人よしだからね」
「そんな、なんで……」
命を狙われることは、これまで数え切れないほどあった。
怖かったけど、でも同じ学園の生徒が関わっていたということがいちばんつらい。
ショックで言葉を失っていると、雅くんは意に介していない様子で淡々と説明する。
「理由はふたつ。まず、ひとつ目はきみの父親が学園長になってから、俺の学園生活は急に退屈になったこと」
「私のお父さんが……原因?」
「そう。きみのお父さんが学園に来る前は、政治家の父がバックについていた俺に、みんな服従してくれてた」
服従してくれてた。
その言葉が私の胸にどんよりとした影を落とす。
まるで、そうされるのがうれしいみたいな言い方。
雅くんはなにを考えてるの?
彼の話を聞くたびに、不安ばかりが募る。
「なのに、きみの父親が余計なことして、平等主義が定着してから、俺の言葉に従わないやつがでできたりして、腹が立ったよ」
おもちゃを奪われた子どもみたいな理由に、私の頭は急速に冷えていく。
これまで感じたことのないような怒りがこみあげてきて、つい拳を握りしめた。
そんな私に気づいていない雅くんは、身勝手な演説をやめない。
「それだけでも許せないのに、今度は議員になって日本を平和にする気なんだろう?」
「……雅くんは人を思い通りに動かせることが楽しいの?だったら、私には理解できない」
「勘違いしないでくれないかな?」
雅くんはすっと表情を消して、私の髪をむんずとつかんだ。
「俺はきみに理解されたいなんて、少しも思ってないんだよ。あと、もうひとつの理由は最近できた」
人の髪をつかみながら、平然と話ができる雅くんに恐怖心がわく。
落ち着かなきゃ。
負けちゃダメだ。
こんな人を人とも思わない人に、情けない姿を見せたくない。
震える息を吐き出して心を落ち着けようとしていると、雅くんはふたつ目の理由を口にした。
「きみだよ、きみを好きになったから」
雅くんの好きの言葉は、やっぱりどこか薄っぺらい。
それに、すごくすごく冷たい。
「そんなの、嘘。本当に好きなら、こんなふうに私の意思を無視して、連れ去ろうとしない!」
「それはきみが剣斗くんのことばかりで、俺を受け入れないからだよ」
声を荒げる私と、落ち着き払っている雅くん。
その温度差に、また怒りがわく。
「受け入れられないからって、乱暴に奪うの?」
「そうだよ。だから強硬手段をとらせてもらったんだ」
それのなにが悪いの?と言うように、雅くんはサラリと言ってのける。
「人はおもちゃじゃないんだよ? 学園のみんなだって、私のことだって、雅くんが好きに傷つけていい理由なんてない!」
頭皮を力まかせに引っ張られる痛みをこらえながら言い返すと、雅くんは興味をなくしたようにぱっと手をはなした。
「偽善者らしい意見だね。聞いてて虫唾が走るよ」
雅くんは私の背をどんっと押す。
「きゃっ」
私はよろけて、ショーケースの中に倒れ込んだ。
「これ以上、俺の楽しみを奪わせないためにも、きみが二度と俺に反抗したくなくなるようにしつけるためにも……愛菜さん」
私を見下ろした雅くんは、にっこりと笑う。
「ここで少し、俺と遊ぼう」
笑ったり怒ったり、一瞬で感情が反転する雅くんに恐怖心が増していく。
それでも、私は雅くんを真っ向から見つめて叫ぶ。
「そんな理由で私を狙ったの? 信じられない!」
そのために、何度剣ちゃんが傷ついたか。
お父さんとお母さんがどれだけ不安にさせたか。
雅くんは、なにもわかってない。
親友たちにも心配をかけたし、ディオくんだって巻き込まれた。
悔しくて、胸が痛くて、許せなくなる。
「きみにとっては〝そんな理由〟でも、俺にとっては重要なことだよ」
雅くんはショーケースの中に私の全身を無理やり押し込んで、扉を閉める。
それから鍵を閉めて、ホースのようなものを持ってくると上の丸い穴に差し込んだ。
雅くんは、なにをする気なの?
恐怖で冷たくなる指先をぎゅっと握る。
でも、不安が消えることはなかった。
そばに剣ちゃんがいてくれたら……。
こんな状況でも、強気でいられたのに。
心の中で大好きな人を思い浮かべて涙が出そうになっていると、雅くんはどこかに電話をかけ始めた。
「あぁ、森泉先生ですか」
――お父さん!?
雅くんはわざわざビデオ通話にして、ニヤリと笑いながら私の姿を映す。
すると、雅くんのスマホの画面に映るお父さんの顔が青ざめるのがわかった。
「愛菜! きみは安黒先生の息子さんか。これはどういうつもりだ!」
「取引をしましょう。大事な娘さんを無事に返す代わりに、議員を辞職していただきたい」
「こんなことをして、ただではすまないぞ」
一瞬は取り乱したお父さんだけれど、すぐに冷静さを取り戻したのが声のトーンで感じ取れた。
でも、私にはわかる。
お父さん、すごく私のことを心配してる。
怖いんだ、私がいなくなるんじゃないかって。
それに気づいているのか、いないのか。
雅くんは、ふふっと肩を震わせて笑いだす。
異様で危うい空気をまとった雅くんが恐ろしくてたまらない。
「森泉先生、俺の代わりに主犯として出頭してくれる人間は腐るほどいるんですよ」
「自分の罪を誰かに肩代わりさせる気か? もしくはお父さんの権力を使って、もみ消すつもりだね」
雅くんはその問いに答える気はないらしく、私のいるショーケースに差し込まれたホースを指で撫でる。
「俺は気が短いんです。早く答えをくれなければ……」
言葉を切った雅くんがためらうことなく、ホースの根元にある蛇口をひねった。
ショーケースの中に勢いよく水が注がれて、サーッと全身の血の気が引いていく。
嘘でしょう?
雅くんは、私をこのまま溺れさせようとしてるの?
どうしよう。
このままじゃ窒息するかもしれない。
でも……。
「お父さん、屈しちゃダメ!」
気づいたら叫んでいた。
「私は大丈夫。きっと剣ちゃんが来てくれるから、だから負けないで!」
その私の態度が気に入らなかったのか、雅くんはピクリと眉を動かした。
「森泉先生、3分後にかけ直します。それまでに決めておいてくださいね」
ブチッと一方的に通話を切ると、雅くんは忌々しそうに私を見た。
「この状況で、まだそれだけの虚勢を張れるとはね。でも、あまり余計な口を挟まないでくれる?」
雅くんが罰とばかりに水の勢いを強める。
怖いけど、でも信じてる。
祈るように両手を握りしめて、私は私にとっての希望を頭に思い浮かべた。
剣ちゃん――。
愛菜が連れ去られたあと、俺は無力感にさいなまれて壁を思いっきり殴っていた。
「クソッ、目の前で……っ、あいつを……!」
あいつを奪われた。
俺がそばにいたのに!
あいつが異常に愛菜に執着してたのは、わかってただろうが!
ディオも警戒してたし、雅が黒なのはわかってた。
けど、予想以上に学園内に協力者がいたな。
最近までディオがいたから、学園のセキュリティも厳しかった。
だから、しばらく雅も静かにしてたってわけか。
「ちっ、油断した」
学園の外の警備なんて、たかが知れてるってのに。
感情を抑えきれないでいる俺の肩に、学が手を乗せる。
「落ち着け、公共の物を破壊する気か?」
「わりぃ。学、お前は萌を連れて逃げろ」
取り乱した自分が情けなくて、俺は赤くなった拳を隠すように下ろす。
「矢神、お前はどうするつもりだ。勝算はあるのか?」
「一応な。外に出たら警察を呼んでくれ。俺はこいつらを片づけて、すぐに愛菜のところに向かう」
愛菜への道をふさぐ男子生徒たちをにらみすえながら言えば、萌が心配そうに声をかけてくる。
「無事でいてね、ケンケン。それから愛ぴょんのこと、お願いね」
「あぁ、ぜってぇ奪い返すから待っとけ」
その言葉を信じてくれたんだろう。
萌と学はその場を離れていく。
館内に残った俺は生徒たちの顔を見回して、宣言した。
「てめぇら全員、俺にケンカふっかけてきやがったこと、後悔させてやるからな!」
声を張りあげながら、俺は拳を突き出して男子生徒のひとりに殴りかかる。
「ぐはっ、いきなりは卑怯……」
「いきなり殴りかかってきたのは、てめぇらだろうが。落とし前、きっちり自分でつけやがれ」
ぐったりと地面に突っ伏す男子生徒を見たほかの仲間たちは、今度はまとめて襲いかかってきた。
でも俺はその場でしゃがみ込んで、連中の足を払うと倒れたやつらの胸倉をつかんで投げ飛ばす。
「鍛え方が違うんだよ! お前らと遊ぶ気はねぇからな。俺にはすぐに迎えにいってやりたいやつがいんだよ」
俺はざっと15人ほどいた男子生徒を全員倒すと、雅と愛菜が歩いて行ったほうへ足を向ける。
「このへんでいいか」
ほかにも仲間がいることを考えて柱の陰に隠れると、俺は確実に愛菜を守るために親父に電話をかける。
「……親父か? 時間がねぇから、手短に話す。愛菜が安黒の息子にさらわれた」
『あぁ、警察に通報があった。こちらも大体の事情は把握している。極秘に対策チームが立ち上がった』
通報をしたのは、おそらく学だろう。
つーことは、あいつらは無事に脱出できたんだな。
それにほっとしつつ、俺は言葉を続ける。
「雅のことだ。警察を呼んでも自分が罪から逃れるために別の人間を出頭させる手はずなんだろ」
でなきゃ、ここまで大胆に動けるはずがない。
『そこまでわかっているなら、なにか考えがあるんだな?』
「あぁ。この通話、切らずに雅んところに乗り込む」
『……なるほど、証拠を残すってわけだな。さすがは俺の息子だ。腕っぷしだけじゃなく、頭もよく回る』
すべてを言わずとも、俺のしようとしていることを察した親父は電話越しに小さく笑った。
『お前が俺を頼るということは、愛菜さんがお前にとって大切な女性になったということか』
「おい、こんなときにする話じゃねぇだろ」
なに考えてんだよ。
前言撤回して電話を切りたくなっていると、スマホからまた親父の声が聞こえてくる。
『図星か。どうやら守りたいものができて、強さの本当の意味がわかったようだな』
……親父、よく『どんな悪人にだって、一方的にふるっていい暴力はない。本当に手を出さなければ、守れないときにだけ使うものだ』って言ってたよな。