本社ビルに走って向かうと、ビルの玄関口に萌の姿が見えた。

清楚なグレーのワンピースにショート丈のオフホワイトのコートを羽織る彼女はやっぱり生粋のお嬢様だと納得しながら、その名前を呼ぶ。

彼女はすぐに私に気付き、笑ってるような泣いてるような複雑な表情を向けた。

「矢田さん、すみません」

そして深々と頭を下げる。

「ここじゃなんだから、どこかで食べながらゆっくり話しよ」

私は萌の肩を抱き、駅前の食堂街に向かう。
食堂街と言ってもほぼ飲み屋だけれど。

きちんと話すには居酒屋はどうかという気がして、駅ビルの最上階にある高知料理の店に行き先を変更した。

ここは、確か美由紀に一昨年だったか連れてきてもらった場所。カウンターが少しとあとは、ふすまで仕切られた和室が何部屋かあり、お酒も飲めるけどわりと落ち着いて食事ができる。

「高知料理ですか?」

初めて来たと思われる萌は目をきらきらさせてカウンター奥で魚を裁いている調理人を食い入るように見つめながらその前を通りすぎる。

「そうなの。高知の鰹のたたきは絶品よ」

「鰹のたたき、大好きです」

頬をピンクに染めた萌はにっこり微笑んだ。

通された奥の和室に靴を脱いで上がる。

四、五人用のこじんまりとした八畳の部屋には床の間があり、小ぶりの薄茶色の陶器でできた花瓶に鮮やかな赤い花が数本生けられていた。