18.それぞれの明日

色々あった一月末、萌は退職していった。とても清々しい表情で。

時々届く彼女からのLINEには、師匠の助手を勤めながらたまに指名をもらって料亭やホテルで自分の花を生けさせてもらっているらしい。

萌に対して最後まで「フラワーアレンジメントだなんて絶対モノになんかならないわよ」と悪態ついていた立花さんは、萌が退職後、後任の契約社員に相変わらず仕事を丸投げしてはその社員の愚痴を男性社員に吹聴している。

彼女は相変わらずだなぁとは思うけれど、最近はそんな彼女にイライラすることもなくなった。

変わっていく人、変わらない人それぞれだけど、私は少しずつでも前を向いて変わっていける人間がやっぱり好きだ。そして、自分もいつかそうなりたいと思っている。

*******************************************
月日は流れ、竹部さんの事故から三か月が経ったある春めいた暖かい日の朝。

「萌!」

そう言って息を切らせて私の職場に飛び込んできたのは美由紀。

頬の傷も腕の打撲もすぐによくなり、すぐにMRに復帰しバリバリ仕事をこなしている。

最近はアメリカへの出張も増えて更に忙しそうだ。

オールバックに後ろに結わえた彼女の額から鼻すじの美しさに見惚れつつ笑いながら尋ねる。

「どうしたの?こんな朝一番に」

「あのね!」

そう言って彼女は私の耳元で小さく言った。

「大さん、ようやくリハビリ終了だって。来週から職場にも戻れるみたい」

「やっとだね。おめでとう!」

今にも小躍りしそうなくらい頬を上気させて興奮気味の美由紀の肩をポンポンと叩く。

出張の無い日は、いつも竹部さんの元に通って寄り添っていた美由紀。

きっと竹部さんと同じくらいに体力的にも精神的にも大変だっただろう。

その支えがある中迎えた頚椎の手術には、アメリカ出張を延期した翔も立ち合う。

幸い、一番大事な神経を損傷していなかったため右手はリハビリでほぼ完治する状態。

とはいえども、うけた傷の影響はそう簡単にはいかず、かなり過酷なリハビリの日々が続いていたらしい。

竹部さんとしたら、元の右手に戻りまた外科医のトップとして活躍を遂げたいと思っていたはずだろうから。

ただ、脳神経外科という繊細な手術を扱う医者として、職場に戻れたとしてもどこまで復帰を果たせるかということについては翔も厳しい表情をしていた。