13.二人旅

「急だけど、アメリカのメディカルアート社に明日から行かなくちゃいけなくなったわ」

海外出張申請書を手にした美由紀が、更衣室に飛び込むように入ってきた。

後ろに束ねた髪は相当慌てていたのか乱れていて、彼女はロッカーを開けるのと同時に束ねた髪を解く。

緩やかにパーマがかかった薄茶色の髪からふわっと甘くて優しい香りがした。

「急だったの?」

「そうなの。急にね、今度の新薬についての打ち合わせが入ったって。明後日はクリスマスだってのに、なんて忙しないのかしら」

不満そうな言葉を並べているけれど、海外出張好きの美由紀の頬はわかりやすいくらい緩んでいる。

「クリスマスは予定はなかったの?」

そんな彼女にいたずらっぽく聞いてみた。

「ないない。言ったでしょう?今は彼氏いないって。だけどアメリカのクリスマスは華やかだから一人でも寂しくないわね」

「へー。アメリカでクリスマスなんてなんだか贅沢に聞こえるわ」

美由紀はふふっと笑うと、ロッカーの扉についた小さな鏡を見ながら器用に髪を後ろに結いなおす。

そして突然鏡に視線を向けたまま尋ねた。

「それはそうと、美南は竹部さんとのクリスマスは?」

うっ、それ聞く??

私は苦笑しながら首を横に振った。

「竹部さん年末までアメリカ出張だって」

「……え」

ようやくこちらに視線を向けた美由紀の目は、髪をしっかりと結い上げた直後でいつもよりきつく強張ったように見える。そして、何か言いたげに口をわずかに開いたけれどかける言葉が見つからないのか固い表情で黙ってしまった。

「そんな顔しないでよ。余計みじめになっちゃうじゃない」

恐らく私に同情しているであろう美由紀の背中をポンと叩いた。

「同情なんかしてないわ」

美由紀は私から視線を背けると、ふぅと小さくため息をつく。

そして、ロッカーから取り出した仕立てのいいグレーのロングコートを羽織り、モノトーンチェックの大ぶりなストールを首に巻き付けた。

スタイルがよくてセンスのいい美由紀は本当に素敵だ。

アメリカの街を歩いてたって、きっとどんな外国人にも引けを取らない。

「これから海外人事に出張申請書出してくる。準備も色々あるしそのまま帰るわね」

「うん。美由紀はいつ日本に帰るの?」

「多分、年末」

竹部さんと一緒だと思いながら、「じゃ、よいお年を……だね」と笑い手を振る。

「うん、よいお年を」

美由紀はそう言って微笑むと、爽やかな甘い香りと一緒に更衣室を後にした。