英音「…ごめん、帰れって言ったんだけど。」
彼の近くには、日向くんと三咲さんと柚夏さんが居る。
『いえ、僕は平気ですよ。』
どうせなんて言っても帰らないだろ。
心の中で軽く毒づきながらそう答えれば、三人は嬉しそうに笑いながら話す。
『…あ、』
倒れている花瓶を見つけ、静かに立てる。
夏生「残念だったね、黒瀬さん。」
その一言に、体が硬直するのを感じる。
柚夏「…本当にね…」
三咲「桜ちゃん、好きだったのになぁ…。」
彼らが静かに告げるその言葉は、今僕の我慢を限界へと近づけさせる。
…何気安くあの子の名前を呼んでんの…?
英音「…桜さん、どうしたんだろうね。」
あはは、
『どうしたか、本当に分かりませんか?』
思わずその言葉が出てしまう。
英音「…千雨さん?」
許せない、
許せない許せない許せない許せない許せない許せないユルセナイ
『お前らのせいで…桜は死んだんだろうが。』
そう睨みつける。
それでも彼らは何のことだと言いたげな顔をしている。
『お前らが居なければ…桜が死ぬことなんてなかったのにっ…』
それだけ言って、教室から出る。
島野くんの声が聞こえてくるが、そんなのは無視して…とある場所に向かう。
何も言わないまま歩いた僕は…
『…桜。』
屋上へと辿り着いた。
『…桜、』
黒瀬桜(くろせさくら)。
僕の大切な、唯一の友人。
同い年だけど、妹のようで…可愛くて、優しくて…誰とでも仲良く出来る子だった。
…そして、誰より友達思いで…友達が傷付けられれば、それを許さず傷付けた相手をとことん追い詰める。
そんな、僕の自慢の…親友だった。
…そんな彼女は…つい先日、ここから飛び降りてその命を落としたのだ。
彼女には、とても慕っている兄が居た。
僕もその人とは仲が良くて…本当の妹のように大事にしてくれたことを、ぼくはよく覚えている。
…けれどその人も、二週間ほど前に病によって命を落とした。
桜はその兄が大好きで…血の繋がりは無かったけれど、それよりも深い絆を持っていた。
『…ねぇ、桜、葉兄、二人は今、何処に居ますか?』
そんな、届くことのない言葉は静かにその場に溶けて行く。
『…桜…桜はあの時、何を思っていたの?』
あなたが落ちて行く時…僕はこの場にいた。
なのに僕はあなたを救うことが出来なかった…
『不甲斐ない、なぁ…』
そう言いながら、彼女が落ちて行った地面を見つめる。
『…待っててね、桜。』
今、いくよ。
さようなら、この、滑稽で下らない世界。
宙に舞った僕の体は…どうやら地面に打ち付けられることはなかったらしい。
何故か痛みも何も感じない。
それどころか…落ちていく感覚さえも感じない。
何故だと思いながら目を開けると…そこは、白く何もない空間だった。
『…死んだのか。』
走馬灯も何もなかったな…死にかけた時の走馬灯、ってあれ嘘なのかな。
あくまで死にかけで、戻って来る人だけが見れるものって言われたら納得行くかも。
死んだというのにそんな呑気な事を考えている僕の頭は、中々動かすことの出来る悪くない脳を持っているのかもしれない。
そんなことを考えながらぼーっとする。
「来た来た来た来た!!君が!!」
何故かハイテンションな人がそう言いながら僕の肩を掴みがくがくと揺さぶる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
『痛いんですけど!?!?』
そう大声を出すと、しまった、と言いたげに目尻を下げながら僕を覗き込む。
見たところ僕と変わらないくらいの男の人…顔はよく整っている。
イケメンめ、滅べ(真顔)
「いやいやごめんごめん〜驚いたし嬉しかったんだよね〜。」
間の伸びた喋り方をしながら、その場に座る僕の隣に座ってくる。
パーソナルスペースって知ってるか?
僕はその自分の空間と言われるパーソナルスペースに入られるのが大っ嫌いなんだ??
そんなことを思いながら彼を見遣れば、
「そんなに睨まないでよ!?ね!?」
なんてあからさまに動揺しながら言ってくる。
そんなに睨んでいたのだろうか。
『何処の誰かも知らない人がいきなり勢い良く肩を掴んで揺さぶって来た挙句距離も取らずに隣に座ってきたら誰でもこうなるとは思いますが。』
息を吸うこともせずに一気にまくしたてれば、ごめんって!なんて言いながら僕を上目遣いで見てくる。
良い年した男が何してんの、キモいんだけど。
「何かすっごい暴言吐かれた気がするの気のせいかなぁ!?」
『人の心を読むのがいけないんです。』
「それはごめんなさい!?」
ほんとに読んでたのかよデリカシーないな。
…ん??待てよ??
『心を…読んだ…?』
ふ、とその言葉を漏らしてから考える。
…いやいや、そんな芸当普通の人間に出来るわけないか。
「そうそう!やっぱり君は頭が良いみたいだね!」
『残念ながら平凡です、唯一歴史が長けてるだけの歴女です。』
「うん、そういうことハッキリ言っちゃうのか!?」
間違っていない事実を伝えれば、全力でそうツッコミを入れてくる。
ツッコミを入れてくるのなんて葉兄以来だな。
「いやまぁ…そこは実はそうなんですよ(キリッ)みたいにドヤ顔でもしてくればいいのにさ…。」
『嘘ついてもいずれバレますし。』
「その通りだけどね!!」
『とりあえずとっととここの説明とかしてください?』
「そうだったねごめん!!」
何だろうこの人、世間一般で言う残念系イケメンかな。
神羅「酷いこと言わないで!?俺は神羅(しんら)、時を司る神だよ!」
元気にドヤッと言う効果音がつきそうなほど立派なドヤ顔をしてくる。
よくトリップ系の小説を読みながら、神に対してそんな態度取るの良くないよなぁ…とか思っていた僕。
たった今その意味を理解した。
目の前に突然現れた存在が神とか言い出しても恐ろしいくらいに信じられない。
僕はオカルト系もそこそこ知ってはいる(一時期齧ったため)が、流石にねぇ…
『…無いわぁ。』
神羅「とうとう口に出しちゃったよこの子!?」
『チョコ?』
神羅「違うのは分かるよね!?」
『さっき死んだ僕が言うのも何ですけど…病院行った方が…』
神羅「そろそろ泣くよ!?」
全力で泣き真似をしている彼を少し哀れんだ目で見てしまう。
…何か、可哀想な人だなぁ。
神羅「ねえ!!可哀想って思うならさ!!信じない!?」
『無理ですかね。』
神羅「じゃあ何で心の声聞こえてると思う!?」
『僕が間違って声に出してる。』
神羅「そう来ちゃうかぁ!!!」
そんなに全力で頭抱えられるとちょっと(かなり)傷付くんだけど。
賠償金いくらが良い??
神羅「心ヤラれてるの俺だからさあ!?」
何を言っているのかよく分からないな(真顔)
『で、神様?に聞きたいことが。』
神羅「?を取って?を。」
『僕死んだんですよね。』
神羅「おーっとまさかの気にせず無視(泣)」
何だろうこの人うざ…
神羅「答えるからそんな目で見ないでよ!?」
『手早くお願いします。』
神羅「おかしいな…目からよだれが…」
『そこは水とでも言ってくださいよ気持ち悪い。』
神羅「ハッキリしすぎて悲しいよ!?」
勝手に悲しんでいて欲しい。
神羅「(泣)…まあその…君は確かに死にました。」
『なるほど、それで今からあの世行きと。』
神羅「違うな!?」
死んだらあの世行きが普通なはず。
神羅「俺ね、この世に何億人といる人の中から…やっと君のことを見つけたんだ。」
『自称神様からの求愛は求めていないのですが…。』
神羅「違うから!!」
何か少し可哀想に見えてきたため、少し話を聞いてあげることにする。
神羅「…一言で言えば…君には、過去にタイムスリップしてもらう。」
『へー。』
神羅「聞いてよ!?」
まあなんか進まなさそうだから聞いてあげる。
神羅「ちょっと今から150年くらい前の話なんだけど。そこに俺の敵…って言うのかな?うん多分敵…がね、潜り込んじゃったみたいで。それで、歴史をいけない方向に変えようとしててさ…。」
『歴史守れ系?無理。』
神羅「即答!?」
『僕ゲーム好きだから、ゲームみたいに少しずつ歴史変えてくとかは良いけど守れとかは嫌なんですよね。基本自由奔放なんで。』
神羅「だと思ってた!!」
分かってくれてたんだ、そこだけは感謝してやらないこともない。
神羅「…歴史変えても良いよ。」
『…は?』
神羅「俺の敵がしようとしているのは、今の時代も壊れてしまうような…そんなこと。だから、それさえなくなれば何でもいーや。」
『適当ですね。』
神羅「だって!!…何ていうのかなぁ…俺達神は、君達人間…それも適応者の中から一人を選ばないと自由な行動が出来ないんだ。」
困ったように自らの前髪を掻き分け、そう告げる。
『…ん?』
神羅「まあ人間じゃなくても妖怪とかでも良いんだけどね…人として生活してきた者じゃなければいけない。その者が居なければ人のように具現化することも出来ないし…普段見ている世界以外に行くことが出来ない。」
『はー、これまた面倒ですね。』
神羅「そうなんだよねぇ…で、君のことは前々から見てたんだ。」
その言葉に軽く目を細める。
神羅「変質者を見る目を向けるのやめよ!?変な意味じゃないからね!?」
『ほー…』
神羅「ほんとに!!この子、笑わないなぁって!!」
…軽く固まってしまう。
笑わない?
僕はいつだって笑っていたはずだ。
いつだって、笑顔を作って、笑顔の仮面を被っていたはずだ。
なのに…この人は一体何を言っている?
神羅「神の目を誤魔化せるって思わないでね。」
その一言に、思わず失笑してしまう。
…あー…神なのかもしれないな、これで納得行くのも変な話だけど…そうでもなければ、今この瞬間があるのもおかしいのは知っている。
『しょーがない…信じてあげますよ。』
神羅「やった!!それで、一緒に過去には…!」
『それやるか死ぬかでしょ…楽しませてくれる、って条件でね。』
そう言いながら不敵に笑えば、彼は嬉しそうに楽しそうに笑う。
神羅「楽しくなるかは君次第になりそうだけど。」
それだけ言うと、僕に何かを握らせ…
神羅「それでは、150年前にごあんなーい!」
そう、言った。
…まあ、とりあえず一言言うね。
『あの自称神殺す。』
神羅〈物騒なこと言わないでくれるかな!?〉
聞こえてきた声の方を見れば、自称神がふわふわと浮きながらそんなことを言っている。
お前僕を何処に送り込んだ、ここは何処だ、と言う意味を込めて睨みつければ、自称神は“怖い怖いやめて!?”なんて抜かしながら僕の方を震えながら見る。
そんなに怯えて、神の名が聞いて呆れるわ。
神羅〈ここは君の居た時代から150年程前だよ。〉
一回だけ言ったけど、自称神のせいでそんなに印象に残っていないだろうからもう一度言おう。
僕は歴女だ。
『150年前…って言ったら…』
神羅〈とりあえずこの時代の格好をしないと怪しまれるよね、さっき渡したバッグに袴が入ってるから着替えて。〉
『何故袴なんですか。』
神羅〈女として行動したら色々めんどーでしょー。〉
『じゃあ最初から男選べよ。』
神羅〈それもそーなんだけどね!〉
ヘラヘラと笑う自称神を一発でいいから殴りたい。
神羅〈えーと…あ、そこなら人居ないみたい!〉
『別にここで着替えても良いんですが。』
神羅〈俺は女の子なの知ってるからね…?〉
気にするのかしないのか…どちらかにはしてくれないのか。
そう思いながら仕方なく言われた方へ行き、着替える。
…武道とかしたことなかったから、着方は知らない。
わけでもなく…桜が何かとコスプレとかが好きだったから、僕もそこそこ色々な格好をしたことがある。
って言っても、桜が女の格好専門、僕は男の格好専門だったんだけどね。
『着た。』
神羅〈おー似合ってる似合ってる!じゃあ行こっか!〉
自由奔放なのは自称神もかよ。
「やめてくださいっ!」
そんな声が聞こえてきて、声のした方へ歩いていく。
するとそこでは、まるで時代劇のように刀を持つ数人の男が一人の女性を取り囲んで何処かへと連れて行こうとしていた。
『うっわー…』
神羅〈よし、出番だよ!〉
『知りませんよ、あんな所に入ったら命を捨てる行為ですから。』
神羅〈え!?でも放っといたらあの子が危ないよ!?〉
『知りませんよ。』
僕だって命が惜しい。
神羅〈もー!ほら、この刀持って!行く!〉
『離せこら殺すぞ。』
神羅〈それをあの子を掴む彼らに言ってやって!?〉
『死ねと。』
神羅〈一度死んだのによく言うなぁ!?〉
その言葉にハッと我に返る。
…ああ、そうだ、僕死んだんだ。
なら何も怖いことなんてないじゃんか。
そう思いながら、僕は静かに彼らに近付いた。
『…あの。』
「ああ!?」
この時代はきっと、平気で斬り付ける事が出来てしまう時代。
150年前…僕の好きな彼らが活躍している頃のはずだから。
『今壬生浪士組の人達此方向かってましたけど。』
「「「!?!?」」」
『こんなことしてて…バレたらまずくないですか?』
「くそっ…行くぞ!」
そう言って逃げていく彼ら。
やっぱり…この時代で合ってたか…。
神羅〈歴女ってのほんとだったんだー…。〉
『…歴女は歴女でも、新撰組特に、な、ね。』
そう溜息を吐きながら言う。
『お嬢さん、お怪我は?』
そう問い掛けると、連れて行かれそうになっていた女性は優しく微笑む。
「平気です、貴方が助けてくださったので…。」
『それなら良かったです。』
それだけ言って微笑みその場から離れる。
あー…
『新撰組…会いたいわ…。』