美味しそうな玉子焼きに、内心ワクワクしながら箸を伸ばしていた夏歩は、美織のその言葉にピタッと動きを止める。


「どうせ、送ってくれたことと介抱してくれたことに対して、まだちゃんとありがとうも言ってないんでしょ?」


今度はピクッと肩が動き、それで図星だと美織にバレた。


「それはどうかと思うわよ、夏歩。ここまでしてもらって、お礼の言葉もなしっていうのは」


うぐっ、と喉を詰まらせたような声を出し、夏歩は玉子焼きからそっと箸を遠ざける。


「もちろん、言わなくちゃとは、思ってたよ……。でも、なんて言うか……」


津田を前にすると、途端に言葉が出てこなくなるのだ。
“ありがとう”と言うだけでいいのに。簡単なことなのに。口を開けば、感謝とは程遠い言葉しか出てこない。


「夏歩は昔から、津田に対しては素直じゃないからね」


ごにょごにょと語尾を濁らせた夏歩に、美織は苦笑する。


「それでも、お礼くらいはね。ありがとうって、一言だけでいいんだから。保育園児でも言えるのよ?」

「……善処します」


答えて、夏歩は一旦箸を遠ざけた玉子焼きを今度こそ掴んで、口に入れる。
ほんのり甘い玉子焼きは、悔しいけれど美味しかった。