そこで、“貸して”とか“出して”ではなく、“頂戴”とくるところが実に策士だ。
その後、何度も返せと言ってみたのだが、一向に返す気配はなく、それどころか「頂戴って言ったらなっちゃんが快くくれたんだよ」と言い出す始末。
結局鍵を取り返すことは叶わず、夏歩は津田が片付けた部屋を再び散らかすがごとくあちこち引っ繰り返して、ようやく見つけた合鍵を使って施錠する羽目になったのだ。
「まあ、ひとまず鍵のことは置いておいて、お弁当開けてみたら?」
夏歩にとっては、ひとまず置いておけるような話ではないのだが、休憩時間も無限にあるわけではないので、仕方なくランチバッグから二段重ねの弁当箱を取り出す。
蓋を開けてみると、まず目に飛び込んできたのはおかず。
玉子焼きに焼いたウインナーにプチトマト、カニカマとキュウリをマヨネーズで和えたサラダに、醤油ダレを絡めて焼いた一口大の鶏肉。
蓋を開ける時は渋々だった夏歩の表情は、開けた瞬間大変わかりやすく変化した。
「さすが津田。しかもこれ、相手が夏歩だからって相当張りきったやつよ」
津田が張りきってお弁当を作ったことは、夏歩も開ける前からわかっていた。
なにしろ津田は、わざわざスーパーで食材を買い込んでから来たのだ。
もっとも、そうでもしなければお弁当を作れるほどの食材がなかったのだけれど。
ちなみに朝ご飯は、二日酔いで前の日にほとんど何も食べていない夏歩の胃を気遣っての玉子粥だった。もちろんレトルトではなく、津田手作りの。
「ここまでしてもらったら、流石に人としてお礼くらいはしないといけないんじゃないの、夏歩」