「や……っ!」

 力いっぱい胸を押してもびくともしない。

 混乱する私は、身体を強張らせ、きつく目を閉じた。次の瞬間、乱暴な腕から引き離される。

 視界を広げていくと、織が井野さんの手を掴んでいた。

「くっ……! さ、佐久……」
「一応ノックはしましたからね」

 抵抗するのに必死で、ドアが開いた音すら聞こえなかった。

「井野さん。相手を怖がらせるような、好意の押し付けは感心しない」

 私の身体を包み込む広い胸。低く落ち着いた声。
 だけど、こんなに鋭い目をした織を、見たことがない。

 怒号を飛ばすこともなく、静かに井野さんと対峙する。
 そのオーラはピリッと張り詰めていて、長年一緒にいた私ですら、声をかけられない。

 当然、井野さんも激昂している織に驚き怯んだみたいで、おどおどと声を震わせる。

「ご、ごめん瀬越……」
「これは、彼の?」

 織は井野さんの言葉に被せ、私の左手を掬い上げた。

「う、うん。今朝、貸してくれて……」
「そう」

 織は優しい手つきで、井野さんから借りた腕時計を私の手首から外す。
 それを軽く放ると、放物線を描いて井野さんの手の中に収まった。

「麻結にはもう一切触れるな。俺ならいつでも受けて立つ」
「なっ……」

 たじろぐ井野さんに、織はさらに言い放つ。

「相手の気持ちも汲めないやつに、仕事も麻結のことも負ける気なんてしない」

 織の横顔に、胸が高鳴る。

「仕事も……だって? 有名ブランド企業に一目置かれてるやつに、一介のアパレル社員が適うわけないじゃないか。俺なんてどうせ……」

 すると、井野さんは悔し気に唇を噛んで、ぼそっと吐き捨てた。

 私はそれを聞き、思わず口を開く。