「こういうの、ありそうでなかったですよね。本当、面白い」

 オートクチュールを生業としている織らしい。

 オーダーメイドのメリットは、なんといっても自分に合った服だということ。
 それは、体型も色も肌触りも。

 さすがにそれらすべてを兼ね備えた服は作れないけれど、こうして少しでもひとりひとりのニーズに合うような工夫を凝らすアイデアは脱帽する。

「すごいなあ」

 私は織を思い浮かべながら、自然とそう零していた。

「昨日は、あのあとずっと佐久良さんと一緒だったの?」
「え……?」

 突然、聞かれたことに吃驚した。ゆっくりと井野さんを見上げる。
 彼は、いつの間にか至近距離に来ていて、真剣な顔をしていた。

「今朝、電話してたの聞こえた。朝まで一緒だったって」

 やっぱり、あのとき会話を聞かれてたんだ。

 迂闊だった自分が悪い。

 『朝まで一緒だった』というのは事実でも、私と織の間に特別なにかがあったわけではない。だからって、わざわざ否定するのはどうなんだろう。まして、井野さんは……。

 しどろもどろになっていると、井野さんに左手首を掴まれ、抱きしめられる。

「俺、瀬越が好きだ」
「い、井野さ……痛っ」

 井野さんに回された腕の力が強くて、顔をしかめる。

「あいつになんか負けない」

 私の知ってる井野さんじゃない。ふと、昨日の織が頭を過る。

 ――『力でなんてとっくに余裕で勝てる』

 織はそう言って私を拘束したけれど、本気じゃなかった。全然怖くなかったし、あの手は変わらず優しかった。

 ただ違っていたのは、織から伝わる熱と自分の鼓動――。

 刹那、井野さんが手を緩め、僅かに生まれた隙間から鼻先を寄せてくる。