窮地に立たされていると、突然スマホの音が私たちの会話を中断させる。

「あー、私のスマホだ。ごめん、電話出るね」
「あ、うん。じゃあまた」

 青井さんの背中を見送って、ほっとひと息つく。

 それから、私は誰にも会わないよう、こそこそと急いでトイレへ駆け込んだ。
 着替えを終え、織の服を今一度よく見てみる。

 やっぱり、店のタグもない。これは、きっと織が個人的に作った服なんだ。

 服を三百六十度いろんな角度から眺め、丁寧に服を折りたたむ。

 織が〝Sakura〟のデザイナーだって聞いても、どこか実感がわかなかった。
 でもこうして、織が作った服を目の当たりにしたら、素直に受け入れられる。

 織はすごい。
 昔から器用だとは思っていたけれど、本当にファッションデザイナーになったなんて。
 しかも、一瞬で目を引くようなものを作って……。

 私が夢見ていた場所に、織は立っているんだ。

 ふいに前の鏡に映る自分と目が合った。

 もうひとりの私は、まるで自分のことのようにうれしそうな顔をしていることに気づく。

 誰がみているわけではないのに、急に恥ずかしくなって顔を逸らす。
 頭を仕事に切り替えようと、足早にトイレを出て廊下を歩きながら左手を浮かせた。

「あっ」

 時間を確認しようと、癖で左手首を見たもののなにもない。

 今朝、シャワーを浴びるときに外して、そのまま忘れて来ちゃったんだ。

 あの腕時計は私が今の会社で社員になったときに、記念とこれからも頑張るという気持ちを込め、奮発して自分に買ったもの。

 大切なものを身に着け忘れるなんて、私、相当織に振り回されてる。

 とにかく、腕時計の所在だけでもはっきりさせておきたい。
 あれは大事だから、気になって仕方がないし。

 ポケットからスマホを出すと、履歴から【織】の文字を探し、発信した。
 織は、一コールですぐに電話に出た。