やってきたのは、カフェからさほど離れていない懐石料理の店だった。
 銀座に通ってもう何年も経つけれど、近くにこんな上品な店があるなんて知らなかった。

「調べてみたら、このあたりはラストオーダーが遅めの店が多いみたいで、思いのほか選べたよ」
「いやでも、こんな高級そうな店の懐石料理って」

 地下へ降りて入店した私は店内を見回し、小声で言う。

 艶のある木の内装に、暖色系のライトが反射して温かみを感じる雰囲気。
 ぼんやりと灯る間接照明が、とても心が落ち着くようで、大人のムードが漂う。

 自分自身、二十六歳にはなったものの、こんな素敵な場所に食事をしに来る機会なんてなかった。
 会社の飲み会はもっぱら居酒屋だし。

「初めてのデートくらい、かっこつけさせてよ」
「で、デートって!」

 織の発言に過剰な反応をしてしまう。

 本当、この間からどうして織はこんなふうになっちゃったの。

 跳ねる心臓を抑えるように胸に手を当てる。

 個室に通され、腰を下ろしながら織が言う。

「俺が泊まってるルームサービスでもよかったけど、麻結はあっさりしたもののほうが好きだろう?」
「ルームサービスだなんて、そんなの利用したこともないから想像もつかないよ! っていうか、よく今でも私のことわかってるね」

 織は相変わらず私の言葉に、静かに笑みを浮かべるだけで、肝心なことはなにも返してくれない。

「あ、麻結。このお店はメニューがなくてお任せみたい。飲み物だけ選んで」
「え。あ、じゃあ……梅酒にしようかな」
「OK」

 織が店員に注文を済ませる。
 私はひとつでもすっきりしたくて、店員がいなくなってすぐ、カフェで保留にされていた質問を投げかける。