「それに僕も、いくら知り合い相手でも、企画書に惹かれなければ引き受けたりしない。それなりに忙しいですから」

 織が井野さんの肩に軽く手を置く。
 そのとき、ロビーのほうからプレスの社員が織を迎えに来た。

「じゃあ麻結、またあとでね」

 織は私の耳元でささやき、オフィスを出ていった。

 織の息の感覚が耳に残っていて頬が熱い。ふと、井野さんと視線がぶつかった。

「瀬越、ごめん……」
「あ、いいんです。誰だって私と織の関係を知れば、きっとそう思うでしょうし」

 傷つきはしたけれど、これはもう仕方がないこと。陰で言われるよりましだと思わなきゃ。

「違うんだ」

 すると、井野さんが真剣な目を向けてくる。

 これまで、どちらかというと和やかな雰囲気な人だっただけに、ピリッとした緊張が走るような視線は別人のように思える。

「違うって……?」
「悔しかったんだ。彼は瀬越と幼なじみってだけで距離が近いのに、俺とは比べ物にならないくらいの肩書きを持っているから」

 井野さんの言葉に目を丸くする。次の瞬間、私は強く腕を掴まれた。

「でも。俺だって簡単に引き下がれない。ずっと瀬越のこと好きだったんだ」

 彼は私をまっすぐ見つめる。でも、すぐには状況を理解できない。

「え……?」

 私はしばらく茫然として、井野さんを瞳に映し出していた。