「麻結。あとは彼女に任せて、今日は早く帰ったほうがいい。昨日も遅くて疲れてるだろうから」
「えっ。でも織は……」
「俺も今日は帰るよ。……というか、もう俺のやるべきことは終わったから」

 そうか。M-crash新店も明日オープンだ。当然、織の仕事はとっくに終わっているよね。

 佐渡さんに挨拶をして、織と並んで廊下を歩く。
 エレベーターホールに着いたと同時に、ちょうど今後の打ち合わせを終えたらしいソフィアさんがエレベーターから現れた。

「シキ、帰るの? じゃあ、ソフィーにディナー行けるよね」

 ソフィアさんは織の顔を見るなり、ぱあっと明るい笑顔で距離を詰める。
 ふたりを横目に微妙な心境になっていると、織がソフィアさんの額に人差し指を当てて押した。

 その拍子にソフィアさんは一歩後ろへ下がる。

「『ソフィーと』だろう? やっぱりソフィーに日本語は難しすぎるか」
「あーっ。シキ、今、すごく嫌な人」
「そりゃあそうだろ。ソフィーの言い間違いのせいで麻結が変な勘違いしたんだから」

 ふたりの応酬を耳に入れていたら、最後の織の言葉に驚いた。思わずふたりを見つめる。

「こいつ、あのとき『織のウェディングドレスを着たい』って麻結に話したつもりでいたんだ」
「そ、そうだったの……?」

 ソフィアさんと向き合うと、彼女は小さな肩を窄めて謝る。

「ごめんなさい。ソフィー、今日シキに言われるまで全然わからなかった」
「大方、そういう理由だと思ったよ。まったく」

 大きなため息とともに、織が皮肉交じりに零す。私は事実を知り、脱力した。

「朝、電話でシキと話してきちんと理由を教えてもらったの。ソフィーのドレス作らないのは、マユが一番だからって」
「え?」
「シキの初めてのウエディングドレスはマユに、って決めてると言われたよ」

 織の初めての……?