「揺らぐなっていうのは無理です。だって私、織が好きだから。どれだけ長い時間過ごしてきていたって、好きな気持ちが大きいほど余裕はなくなっちゃう」

 ハンナさんは薄い色の瞳を大きくさせて、私を見る。

「揺れて迷って手を離したほうがいいんじゃないかって思い詰めて……でも、やっぱり残る想いはひとつだった。どんなにカッコ悪くても、織と一緒にいられるように足掻いていくって、今決めました」

 織に見合う優れた人間になれなくても、どれだけ離れてても、私にできる限りの努力をしよう。

 きっとどんな人たちも手を離せば終わってしまう。私は最後まであきらめずに、織の手を放さない。

「なので、織がフランスに戻っても私は大丈夫」

 織に微笑みかけると、今度は織が目を剥いた。

「その強がり、いつまで続くか見物だわ」
「いいですよ。ぜひずっと見ていてください。私、昔からしつこい性格ですから、簡単に意志を覆しませんので」

 私が堂々と言い返すと、ハンナさんはそっぽを向いてカツカツとヒールを鳴らし、リフレッシュルームを出て行く。廊下で一度足を止め、くるりと顔だけ振り返った。

「シキ。私、明日の朝、先にフランスに戻っているから。さっさと仕事終わらせて戻ってきてよね」

 ハンナさんが完全に去った後、しんとした空間で織と目を合わせる。

「そろそろ戻って作業しようか」
「う、うん」

 織がグイッと残りのコーヒーを喉に流し込み、ゴミ箱にカップを捨てる。私も同じようにして織の後をついていき、制作室に入る。

 すぐに作業を再開する織の背中を見つめ、ぽつりとつぶやいた。

「ごめんね。織、疲れてるのに」
「全然。麻結の服を作ってるときが一番楽しい」

 背中越しに言われても、織が優しい表情をしているのが想像できる。

 それから数十分経ち、ミシンの音が止んだ。