「マユ。強力なライバルが登場して焦ってるんじゃない?」
「えっ」
「あのふたりはパリで特別な関係だったの。私もずいぶんと悔しい思いをしたわ」

 ハンナさんがぼそっと低く漏らした言葉に驚く。

 彼女がここまで言うって、ふたりはかなり親密な関係だったってこと。
 織にとって過去でも、ソフィアさん世界中から織を追いかけるほど、織を好きなんだ。

 目の前が真っ暗になる。仮に織がこのままの私を選んでくれたとしても、ソフィアさんの存在が私の中に残りそう。

 まして彼女は有名モデル。見聞きする機会もあるはずだ。

「無理だ。俺は描けない」

 得も言われぬ焦燥感に襲われていたところに、織の声が聞こえてはっと我に返った。
 きっぱりと言い放つ織は、罪悪感や迷いなど一切ない表情でソフィアさんと向き合っていた。

「ウソ。シキは描けないんじゃなく描かないだけでしょ」

 しかし、ソフィアさんも負けていない。怯みもせずに織へ返す。

 そのうちヒートアップしてきたせいか、ふたりは英語で言い合いを始めた。私にはまったく理解できず、おろおろと様子を窺うしかない。

「どうしたの?」
「あれ、佐久良さんと話してるのってモデルのソフィアじゃない?」

 気づけば周りの社員がこちらを注目している。

 ロビーで目立つ三人が集まって騒いでいるんだもの。私だって外野だったなら気になるに決まってる。
 これ以上は見世物になっちゃう。

 私は策を講じもせず、勢い任せに織とソフィアさんの間に飛び込んだ。

「あのっ……ここは人が多いので……」

 解決方法なんてわからない私は、もごもごと言い淀む。

 次の瞬間、細い両腕が私の首に巻き付いた。
 鼻先にソフィアさんの絹糸みたいな髪が触れる。

 華やかな香りに包まれているのが自分だと理解するのに数秒かかった。

 私を抱き寄せるソフィアさんは、高らかに宣言する。