本社から目と鼻の先のホテルに到着し、ハンナさんは上階のラウンジに入った。

 スタッフにあとでひとり増える旨伝えると、窓側の四人がけのテーブル席に案内された。クッションが柔らかな椅子に腰を下ろし、ハンナさんと向き合う。

「オーダーは?」
「コーヒーで」

 私の答えを聞き、ハンナさんはすぐに近くのスタッフにオーダーを済ます。私はスタッフが立ち去るのを横目で見て、スマホに手を伸ばした。

 まだ織に連絡を入れていない。ハンナさんを疑って悪いけれど、こっちの状況を伝えておいたほうが賢明だ。

 端的にメッセージを入力して送信した直後、ハンナさんがせせら笑う。

「心配性ね。シキはちゃんと来るわ」

 どうやらすべて見透かされているようだ。私はなにも言わず、スマホをテーブルの隅に置いた。

 少ししてコーヒーが運ばれてくる。カップに手をかけようとした瞬間、スマホに着信がきた。織だ。

「もしもし」
『麻結! 今どこ? なにがどうなって……』

 織の慌てた声から、やっぱりハンナさんがなにか仕かけてるのだと確信するや否やハンナさんがスマホを横取りした。

 唖然として硬直している間に、彼女が微笑を浮かべながら通話を始める。

「Salut Shiki! ちょっと仕事の件で話があるの。マユも一緒だし、問題ないでしょ? 宿泊してるホテルのラウンジにいるわ」

 彼女は私の目の前で一方的に話をして、電話を切る。すでに待機画面に戻ったスマホを返され、愕然とした。

「ハンナさん……。やっぱり嘘なんですよね?」
「嘘ではないわ。シキに仕事の話があるのは事実だし、彼もちゃんとここに来る」

 結果論で片付けられて放心する。こんなに横暴なことってない。