金曜日になった。今日は新宿のショッピングモール内の店舗に来ている。
 夕方六時頃になってくると、人通りが多くなってきた。

「わあ。それ、新作ですか?」

 事務仕事が落ち着いて、パッキンを開けていた私に松本さんが明るい声で言った。

「うん。ちょっと落ち着いた色味で大人っぽくて素敵だよね」

 私が手にしているのは、フォーマルドレス。
 すでに秋冬物で、ベルベッド生地を部分的に取り入れたドレスだ。

 カラーラインナップも、定番のブラック、ネイビーのほか、ボルドーと暗めのグリーンが展開されている。

「色合いもそうですが、ドレープとかかたちがすごくいいです。思わず目を引かれちゃう」
「うちのドレス担当のデザイナーは、元ウエディングドレスをデザインしてた人だからね」

 そんな会話をしていたら、ポケットの中のスマホが振動した。ちらっと確認すると相手は織。

 ポップアップ画面に【週末だし、外でご飯食べない?】とあった。返信はあとにしてスマホをしまう。

「瀬越さん、なんだかうれしそうですね。彼氏ですか?」
「ちっ……がわなくはないけど……」

 松本さんの指摘に、咄嗟に取り繕えず狼狽えた。なんだか気恥ずかしくて、声が尻すぼみした。

「え~! いいなあ! どんな人ですか?」

 松本さんは生き生きとした目で食いついてくる。

 こういう話題は不慣れ。しかも、彼氏が世界的に有名なデザイナーで、さらに幼馴染みとか言ったら大変なことになるに違いない。絶対私には対処できない事態になる。ここはもう話題を早く変えよう。

「私の話はいいから。ほら。仕事途中! 早く片付けよう」

 エリアマネージャーの威厳を使って、無理やり流れを断ち切り仕事に戻す。
 彼女は渋々、「はーい」と答えながら、物足りなげに口を尖らせていた。

 若干悪い気もしたが、本当に今は業務中だ。彼女もわかってくれるはず、と作業を再開し始めたとき、松本さんがぽつりと言った。

「もし瀬越さんが結婚するってなって、二次会だけでも招待してもらえたら、私このドレス買って着ようかな」

 顔を上げると、松本さんはドレスを身体に合わせていた。

「松本さんはグリーンが似合いそうだね」
「そうですか? わあ、ますます着てみたいなー。瀬越さん、さっきの話実現しません?」
「えっ……。いや、どうかな」

 うっかり返事をしたら、また話題が振り出しに戻ってしまう。あたふたとする私に、松本さんは顔を近づけてきた。

「そうだ! ウェディングドレス作れるデザイナーが社内にいるなら、その人にオーダーできるんじゃないですか!? いいかも!」
「さ。私、売り場に出してくる」

 名案とばかりに手を打った松本さんを置いて、そそくさとその場から逃げる。
 松本さんはもっと話したそうに、「瀬越さーん」と甘えた声を上げていた。