真と暮らし始めていろんなことがあった。

 バイトを始めた。近所のスーパーのレジ打ちだったが、バイトの募集は、やっぱり16歳以上って書いてあって、なかなか見つからない。

 だから、安易な考えで、誕生日を1年早めて、面接を受けた。

 しかし、店長に、
「明日でいいから保険証持って来てね。」
と言われてしまい、翌日、わたしは頭を下げて言った。
「すいません!まだ15なんです!でも、今年の12月には16になるんで、雇ってもらえませんか?」

 すると、店長は、
「何か事情がありそうだね。よかったら、話してみない?」
と言ってくれた。

 わたしは、家出のこと、彼の家に居候させてもらっていることを話した。

 店長は、
「本社に掛け合ってあげるから、明日まで待ってくれるかな?」
と言った。

 わたしは翌日から、スーパーでバイトさせてもらえることになった。

 わたしは、笑顔が作れなかった。機械のように、ただ仕事をこなしていた。

 ある日、店長に呼び出された。何かと思い、事務所に行くと、店長は言った。
「相沢さんは、仕事で来ているんだよね?

「はい。」
「レジに数字を打ち込むだけなら、小学生でもできるんだよね。」
「はい。」
「掃除1つにしてもそう。やるだけなら子供でもできる。何が言いたいかわかる?」
「笑顔や声掛けが無いこと…ですか?」
「わかってるなら、なおさら…。できることからでいいからやってみない?」
「わかりました。頑張ります。」

店長の言う事は、的を得ていた。わたしは悔しくて、悔しくて……。

翌日から、わたしは人が変わったようになった。

「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」は必ず笑顔で言う。

掃除もできるだけ笑顔で行い、お客様に会ったら笑顔で、「いらっしゃいませ」と言った。

 初めこそ引きつっていたが、2週間が過ぎた頃から自然にできるようになった。

 店長が変わるまでは、頑張って仕事をしていた。

 わたしはおそらく、店長の中に父を見ていた。厳しくとも正しい、優しくも温かい
理想の父親を作り上げていた。

 店長はわたしよりも小さくて、ふっくらとした、父とは正反対の人だった。だからこその安心感で、わたしは店長に彼の相談を持ちかけたりしていた。

 唯一関係を求めてこない店長が、大好きだった。(恋愛感情なく、人間として)

 夕方だけだったが、生活が厳しくなると、昼との掛け持ちもさせてもらった。若い男の人や、男の子が来ると、恐怖で全身に緊張が走り、顔が赤くなったのを覚えている。

 そこの常連のおじいちゃんの製麺所でもしばらく雇ってもらったこともある。熱くて重くてかなりの重労働で、掛け持ちが難しくて断った。

 隣に住んでいた小学生と仲良くなって、その子の友達も含めて遊んだりもした。家の近くを工事していた時の交通整理をしていたお姉さんとも仲良くなった。美容師を目指していたお姉さんに、パーマをかけてもらったり、けしょうをしてもらったりもした。

 真は金にルーズで、短気だった。

 一緒に買い物に行った時、野菜を選んでいると、突然怒られた。
「なんでオレについてこんのか!もういい!帰る!」
「ごめん!でも、キャベツどれがいいかなぁ…と思って…」

………と、言い終わるか終わらないかの時………

 不意に背中に鈍痛が走り、わたしは倒れた。彼が飛び蹴りをしてきたのだ。自販機の詰め替えをしていたお兄さんが、こっちを見て笑っていた。わたしは慌てて立ち上がる。

……そんなに悪いことしたっけな?……

疑問に思いつつ、真に平謝りを繰り返し、なんとか許してもらった。

 別の日には、彼の後輩が遊びに来たときのこと。
 掃除をしていないことに腹を立てて、わたしに怒鳴り散らしてきた。彼にイラついて、掃除をしていると、突然二の腕辺りを蹴られた。
「当てつけみたいにするんじゃねーよ!後輩おったら何もされんとか思うなよ!」 
 その時も、わたしは、泣かなかった。

「…ごめん。」

 何を謝っているのかわからなかった。気分を害した彼は、後輩を連れて遊びに行った。

 二の腕のあざは、2週間くらい消えなかった。
 しかし、そのあざを見るたび、
「ごめんな。痛かったろ?もう二度としない。約束するから。愁、ずっと一緒にいような。」
と、優しい言葉をかけてくれた。
「大丈夫だよ。わたし、好きだから。」
「誰のことが?」
「………んー……岩田真?……」
なんて呼んだらいいかわからず、フルネームで呼ぶと、
「なんでフルネームだよ!真でいーよ!カノジョだろ?」
と、頭を小突かれる。
わたしは嬉しくてニッコリ笑った。
「………で?愁は誰が好き?」
真の質問に照れながら答える。
「……真………。」
「……ん?聞こえないなぁ。」
「だから、真のことが好きなの!」
わたしはそういうと、布団を頭から被った。

その年の誕生日には、サプライズでBabyーGを買ってくれた。

………今思えば、この頃が一番幸せだった………

 真は梅雨時期は仕事にあまり出なかった。しかし、友達からの誘いにはよく乗っていた。
 ドリフト仲間とツーリング、飲み会、ダチとケンカしにいくこともあった。そういう時にわたしは絶対連れて行かなかった。わたしが怖がるといけないから…と言っていた。

 翌月の給料日、真は、新しい指輪をして帰ってきた。
「カッコよかろー?スカルばい!」
自慢気に見せる彼にわたしは聞いた。
「カッコイイね!……で、いくらしたん?」
「3万!!」
………は?………
「…で、給料いくらやったん?」
「9万!……でもね、愁ちゃん、スゲー欲しかったん!最近は全然何も買ってなかったやん?」
「わかるけど、生活どうするん?水道代も、電気代も……」
「愁ちゃん、ごめん。バイト代から出しといて!」

 更に驚くことは続く。ある日バイトから帰ると、何やら臭い。真は気持ち良さそうに水のようなものの入った袋を持っていた。
「おかえりー。愁ちゃんもする?」
ろれつが回ってない。わたしはピンときた。シンナーだ!
袋を受け取り、外に出る。
「愁ちゃん?どーしたん?」
問いかけには答えず、近くの排水溝に流して、袋も一緒にねじ込んだ。

 翌日、シラフに戻った真に、
「昨日オレ変なこと言ってなかった?」
と聞かれたので、わたしに勧めて来たこと、わたしが廃棄したことを伝えた。すると、彼は
「その状態のオレは何するかわからんけ、勝手なことするな!」
と怒ってきた。
「なら、もうしないって約束して!」
わたしが言うと、
「わかった。………ごめん………」
意気消沈した感じで彼は頭を下げた。