「まあ、そうですね。気付かれたらいけないのですか?」


いけないと言われると、そうかもしれない。


奈子さんなら話してもいいと思って、耳打ちする。


「好きな人、できたの」


奈子さんは目を見開いている。


はっきりと言葉にして、顔が熱くなっていく。


「同じ学校の方、ですよね……?」


その一言で熱が引いていく。


私たちは無言で見つめ合う。


「やっぱり、ダメよね……」


私はきっと、お父様が決めた相手と結婚させられる。
好きな人ができても、虚しいだけ。


そんなこと、嫌というほどわかっている。


そういう世界が嫌で、逃げ出したのに、瞬間的に戻されてしまった。


「……安心して。その方と関係を進めることはないから」


それは冷たい声だった。
感情を押し殺さなければ、こんなことは言えない。


靴を脱ぎ、奈子さんに持ってもらっていたカバンを奪い取るように受け取り、自室に向かうために足早になった。


「お嬢様!」


後ろから奈子さんの声が聞こえてくるけど、立ち止まらなかった。


乱暴にドアが閉まる。
床にカバンを落とし、ベッドにうつ伏せになる。


楽しかった気分は消え去ってしまった。