「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


ただ挨拶しただけなのに、また緊張していると言われてしまった。


汐里(しおり)さん。これ、この人の通常運転だから」


笠木さんは両手を上げて体を伸ばしながら、ベッドの方に歩いて行った。


笠木さんも先生を下の名前で呼ぶということは、二人は相当仲がいいらしい。


「なるほど、礼儀正しいのね。玲生くん、見習ったら?」


笠木さんは鼻で笑った。


「冗談。生きたいように生きるのが俺の座右の銘だから。堅苦しいのはごめんだ」


笠木さんは一番窓際にあるベッドに腰掛けた。
空を見上げてため息を一つつくと、流れるように私の顔を見た。


私は彼の視線から逃げることも出来ず、両手で抱えていた教科書の角を強く握った。


「……なんで黙ってるんだよ。話したかったんじゃねーの?」


そう言われて、思い出した。
私は彼と話がしたくて、授業にも出ず、体調が悪いわけでもないのにここに来たのだった。


私が笠木さんに話したいことは、大まかに言ってしまえば、ただ一つだ。


「どうして……私のことを知っていたのですか?」


質問をすると、笠木さんはまた窓の外を眺めた。
そしてそのままベッドに体を投げた。