「そんな必死にならなくたってわかってるよ、お嬢様」
「お嬢様と呼ぶのはやめていただけませんか?……隠しているので」


笠木さんの顔が固まってしまった。
と思えば、唐突に声を出して笑い出した。


「諦めろ、お嬢様。身分を隠したって雰囲気は隠せない」


そう言われて、東雲さんと坂野さんの言葉を思い出した。


『お辞儀の時点で礼儀正しいと思った』
『敬語は使わなくてもいいんだよ?』


「思い当たる節があるって感じだな」


何か言い返そうと思ったのに、言葉が出てこない。
ゆっくりと視線が落ちていく。


「まあいいや。お嬢様って呼ばなきゃいいんだろ?」


私は小さく頷く。


足音だけで笠木さんが降りてくるのがわかる。
そして何も言わずに私の横を通り過ぎていった。


「あ、あの!」


特に言うこともないのに、笠木さんを呼び止めてしまった。
笠木さんは足を止めて振り向く。


私の言葉を待ってくれているとわかっているのに、何も言えない。


「もう少し……お話、できませんか……?」


笠木さんは黙って私の顔を見てくる。
その視線から逃げるように、顔を背ける。


「迷子になるなよ」


その言葉が聞こえて、顔を上げる。
置いていかれないように、笠木さんの背中を追った。